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 前田咲二の川柳と独白』、さいごに、裏表紙の一文を考えないといけない。それと、先生の写真をもう少し探してみること。それが今日一日の仕事。3時にはもちろんいつものドトールへ数十句を詠みにいく。お世話になったドトールも今月29日までで閉店。つぎの作句の場はどこにしようか、頭の痛いことである。
 いま5時22分、雨の音がする。2017年1月の前田先生からのお電話を忘れない。「涙が止まらんのや」と。前年12月にご病気(食道がん)で入院、末期ということでのどに管を通す手術だけで退院された。そのころの句に《お笑いください涙あふれて止まらない》がある。(〈咲くやこの花賞〉で小島蘭幸氏が“天”に採られたのね。そのことに、「すごいね」と、蘭幸氏の“読み”の深さをたたえておられた。先生は蘭幸氏の選をかねてから評価しておられたのね) わたしの終焉もいつ来るか分からない。先生のこの句と電話のお声を、そのときに思いだすことだろう。

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