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 自己肯定感とは、自分をどのくらい肯定的に考えているか、もしくは否定的に考えているかという自己の存在に対する判断や評価のこと。月波与生氏という川柳人がおられるが、下記はかつて氏が『たむらあきこ千句』について書いて下さった一文から。

 …与えられた境遇の中で自分は物事をどのように考え暮らしているか、を描くのが川柳の大切なところと思います。そのためには今の境遇を受け入れなくてはなりません。自分が置かれた肉体的な境遇 (病気とか老いとか) 、社会的、経済的境遇(家族、仕事、社会的役割とか)をすべて受け入れ、引き受けていこうと決意しなければ、「自分を描く」川柳はなかなか描けません。たむらあきこさんの句集、どの句からもその「決意」が読み取れます。自己肯定、自己共感、決意。この千の川柳たちに励まされる人は多いのではないでしょうか。…

 自分ではまったく意識していなかった「自己肯定」「自己共感」「決意」。これらのことばを氏の一文にいただき、はじめて意識するようになったのね。

 そう言われればそうかもしれないと。なぜなら、わたしは自分の人生を自分で選択・決定してきたからである。自分にとってのしあわせとは何か。他人とは違うかもしれないが、そこをよく考え選び取ってきたということに間違いはない。独りではあるが、けっして不幸ではない。自由な独りは、むしろ精神的に豊かなもの。自分のために使える時間がたっぷりあり、なにより束縛されていない。好きな仕事でいささかの収入もある。

 わたしは、他人の目や評価をあまり気にするということがない。なんでも肯定的に受け止めるようなところがあり、不幸という発想がそもそもないのね。ストレスがほぼない。自分を生きているという実感がある。氏は、わたしの川柳を「自己肯定」「自己共感」「決意」の川柳だと教えて下さった。そのことで読者を励ますことができるというのなら嬉しいことである。

 自己肯定感は、(一般的に考えられる)肯定的な側面だけでなく、否定的な側面もふくめてありのままの自分を受け入れるということだろう。『自分はここがダメなんだ』と思っている自分もふくめて認め、肯定するのね。他人の考えはどうでもいいというわけではなく、自分を尊重すると同時に相手も尊重している。自分をどう思うかという自己認識が自己肯定感を決定づけるのね。どんな自分であっても、いまの自分を受け入れることが安心感をもとにしたちからを与えてくれるのね。外側からの評価を気にすることなく、自分軸で生きること。これは幸福感に大きく影響しているのではないか。

 わたしの人生にもちろん困難や問題がなかったわけではない。近くは、現瓦版代表から理不尽にも“咲くやこの花賞”の選者(あきこは永久選者)を(ウソまでついて)外されたこと。驚くとともに、受け入れ難いことだった。それ以前に現代表の恫喝(2016年?月)に凍りつき、この人とはかかわらないほうがいいと思うに至ったのね。「あんたも、(〇〇(↽現代表)と)たたかえ」と言ってくださった前田咲二先生にも、わたしが一方的に理由もなく選者を外されるなどということは予想もできないことだっただろう。前田先生への仕打ちをふくめ、現代表を許してはいないが、その痛みを乗り越えられたのも結局は自己肯定感に支えられていたからなのかもしれない。

(わたしは他人をジャッジしないが、面倒なことを避ける傾向はある。たとえば「あんたも、たたかえ」と前田先生は言われたが、たたかわずに身を引くことを選んだ。理不尽に、一方的に恫喝されたあと、先生には「(わたしは)いつまでも瓦版にはいない」と申し上げたのね。そのときの先生の当惑した厳しいお顔がいまも目に浮かぶ。わたしは、そんなことでこれからの自分の貴重な時間をムダにできないと思ったからである。でも、先生を落胆させ、悲しませてしまった。それでも「瓦版に残って、会の重しになってくれ」「残って〇〇を助けてやってくれ」ともおっしゃったのですよね。先生は瓦版のことを第一に考え、会の行く末を案じておられたのね。さいごは、現代表に厳しいことばを残して逝かれた。上記のようなことで、後継者として望まれて十年間支えさせていただいた瓦版の会を退いたのです。)

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