(2019)堺番傘7月句会‥《わたしという弱さが蛇行してしまう》
南海和歌山市駅10時発特急サザンで天下茶屋まで。高野線に乗り換えて堺東駅まで。改札を出てすぐの喫茶店へ。そこにおられた柳友としばらく談笑。12時半頃、徒歩5分の東洋ビルディング4F7号室まで。くんじろう、恵美子、晃朗、侑子、かこ、灯子、桂子、加代、秀夫、たかこ、慶一、ふさゑ、いずみ、勝彦、握夢、喜...【続きを読む】
定金冬二の川柳
前田先生の句を拾っていくうちに見つけた定金冬二の作品。呆然とするくらいうまいのね。それがどこにあったのか、紛れ込んでしまって探してもないのね(汗)。(あきらめて)本日21日(日)の句会(堺番傘7月句会)に行く準備。川柳界に名を残している方々の名句をこれからときどきアップして、川柳界内外の方々の目に...【続きを読む】
つづきのつづきのつづき(最終)‥【評論】川柳は文芸たり得るかー自己表現としての現代川柳ー(野沢 省悟)(柳誌「大阪川柳」(平成9年11月発行 第42号)より)
再びふり返って「川柳は文芸たり得るか」と考えてみると、川柳に限らず、小説・詩・短歌・俳句等のジャンルだからと言って、例えば小説を書いているから私は文芸を書いている、俳句を創っているから、私の俳句は文芸だーーとは誰も思わないのではないか。要は、それら多数の作品の一部のすぐれた作品のものを、我々は文芸...【続きを読む】
つづきのつづき‥【評論】川柳は文芸たり得るかー自己表現としての現代川柳ー(野沢 省悟)(柳誌「大阪川柳」(平成9年11月発行 第42号)より)
以上簡単に各時代のポイントを上げてみたが、これだけ見ても川柳の表現が変化しているのがわかると思う。
第三、第四、第五は、それぞれ関連がある。第三の問題は、前記の作品を読んでもらえれば、川柳がこっけい、オカシミばかりではないことがわかるであろう。現在の川柳界は、おそらく川柳史上最も一般大衆にアピー...【続きを読む】
つづき‥【評論】川柳は文芸たり得るかー自己表現としての現代川柳ー(野沢 省悟)(柳誌「大阪川柳」(平成9年11月発行 第42号)より)
・屍のゐないニュース映画で勇ましい 鶴 彬
・万歳とあげて行った手を大陸において来た ゛
・手と足をもいだ丸太にしてかへし ゛
・胎内の動きを知るころ骨がつき ゛
鶴彬は昭和十三年特高警察に検挙され収監中に病死する。この当時にあってこれだけの反戦詩を書...【続きを読む】
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