無罪放免(か?)‥本日、再再再診
(11日、記す) 済生会病院の担当の若いドクターとの一問一答は次の通り。
「いつ?やったんかなあ、二か月経ったんかな?」
「3月7日に来させていただいて(二か月ほど)」
「どう?(レントゲン写真を見ながら)」
「ここ、骨折部分だけど、歪まないで(骨が)付いてきてる」
「まだちょっと痛むんですが」
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(9日)瓦版5月句会‥疲労で1句も詠めず (+o+;)
(10日、記す) 8日。和歌山市駅17時59分発の特急サザンで難波まで。美容院に行こうと思ったが、時間が遅すぎるので取りやめ、ホテルへ。少し歩くと、やはり疲労困憊。すぐに寝て朝の4時まで。作句にかかろうと思ったが、気力がいまいちなのでそのまま7時まで。体中、鈍痛。
ホテルのロビーで朝刊を読んで、い...【続きを読む】
疲労困憊で動けない‥本日夕方から大阪へ
やはり神戸まで出かけるのはまだ少々無理があった。途中の移動で疲労困憊。昨夜は帰宅後すぐ、顔も洗わず食事もせずに就寝。朝も、身体がこわばって動かない。本日は 第109回 川柳・交差点 5月句会(アトラクション 落語・筒井祥文)ということで、最近はこの句会には年一回位の出席だが、節目の本日は出席予定で...【続きを読む】
久しぶりの神戸‥第27回 時の川柳交歓川柳大会
南海和歌山市駅7時59分発の特急サザンで難波まで。車内で推敲。徒歩15分(よちよちなので時間がかかる)、近鉄難波ビルまで。阪神なんばから元町まで。徒歩25分ほどかけて兵庫県民会館9階ホールまで。館内で場所を見つけて句箋に句を書く。出句時間ほぼぎりぎり。激疲れ。疲れると、歩きづらくなる。慎重に転ばな...【続きを読む】
(昭和58年8月21日) 内閣総理大臣 中曽根康弘氏宛の陳情書“その一”より
下記は、もう30年以上も前の昭和58年八月、宇治田一也氏が時の内閣総理大臣 中曽根康弘氏に宛てた陳情書(抜粋)。ふり返ればこういう時代があったと思うほどの昔。東北大震災を経てなお原発再稼働の動きが止まない現状において、氏を含めた当時の和歌山県の有志たちの活動は刮目に値するのではないだろうか。私もそ...【続きを読む】
田のあぜに座って考える‥故宇治田一也氏 (環境破壊反対の市民運動家) の思想
昨日の続き。久しぶりに環境破壊反対の市民運動家であった故宇治田一也氏のことを考えたことで、先ほど手元の『宇治田一也遺稿集』を開いてみた。不思議なことに、そういうときにはあまり探さなくても身近なところに本が顔を出している。相変わらず、読み返してみてもよく分からないところも多い。市井の思想家(近代文明...【続きを読む】
原発を拒み続けた和歌山の記録‥紀伊半島にはなぜ原発がないのか?
上記は2012年発刊の書物の書名。地方出版 文化功労賞(第26回、奨励賞)受賞作。先日久しぶりに会った友人から頂戴したもので、下記は〈あとがき〉から一部を抜粋。興味のある方は、購入して読んでいただきたい。
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…かつて和歌山県には四町の五カ所に原発計画があった。昭和四十年...【続きを読む】
夕方買い物にでて、暴風雨に傘の骨を折って帰る (@_@;)
(4日、記す) リハビリとしてでもそうでなくても、一日一回は外に出ることにしている。やはり身体を動かさないと体調がよくない。食事も美味しくないし、よく眠れない。暴風雨警報が出て、外が騒がしいのは分かっていたが、いつもより少し遅く6時半頃によちよちと外出。大きめの傘をもっていた。雨が止めば杖にもなる。...【続きを読む】
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