本当のところはどうだったのか❸‥こんなことでは英霊が嘆く、靖国神社
前靖国神社宮司小堀氏の著書(『靖國神社宮司、退任始末』)の内容、ネット上の同書に対する感想に「(あきこ註)」を付け、まとめてみた。(写真:御神鏡)
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前任の徳川宮司時代に、御創立150年記念事業費予算を一つのコンサルタント会社が全体の4割(14億円...【続きを読む】
本当のところはどうだったのか❷‥「A級戦犯合祀」の事情(『文藝春秋(2018年12月号)』小堀邦夫・靖国神社前宮司手記から)
『文藝春秋』の平成30年12月号に、靖国神社の前宮司小堀邦夫氏が「靖国神社は危機にある」という手記を寄せておられた。昨年アップしたものだが、氏の真意がネットでも少しずつ理解されてきたように思う。その一部、あらためて「A級戦犯合祀」の事情についてもう一度記し、「(あきこ註)」を付けることに。
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本当のところはどうだったのか❶‥靖国神社・A級戦犯合祀の経緯
2006年5月27日(土)「しんぶん赤旗」
A級戦犯合祀の経緯は?
〈問い〉 靖国神社にA級戦犯はどういう経緯で合祀(ごうし)となったのですか?(青森・一読者)
〈答え〉 靖国神社でのA級戦犯の合祀は、1966年に厚生省が祭神名票対象者に書き加えて靖国神社に送り、1970(昭和45)年に靖国神社崇敬...【続きを読む】
久しぶりの充足、短歌を詠む
じつは…。昨日のドトールでは、久しぶりに短歌を詠んできたのね。17時からほぼ二時間かけて、50首。(川柳とおなじで、詠むのは速いのね~) この充足感は何だろう。12歳ごろ初めて新聞歌壇に投稿して入選、それからン十年(はっきり言わないことにしているのね、最近。笑)。川柳にどっぷり浸かり、嵌まり込んで...【続きを読む】
自分を刻む、人生を刻む
すべてはプロセスなのかもしれない。辿り着くことが目的なのではなく、むしろ、どこに向かうかが大切なのではないかと思う。どこかに向かって歩き続け、生き続け、残された足跡がその人の人生なのではないかと。我われは日々あてもなくさまよっているわけではない。直接誰かに教えてもらったり、本で読んだりして、だいた...【続きを読む】
(2019/3/21)堺番傘3月句会‥《賢も愚も言わない空が広すぎる》
11時半ごろ南海高野線堺東駅到着。高島屋地下の喫茶店でしばらく柳友と雑談。(めずらしく、到着までの車内で推敲完了) 13時前に出て、徒歩3分、東洋ビルディング4F7号室まで。明子、加代、桂子、浩子、いずみ、美智子、秀夫、八斗醁、信子、愿、美春、知栄、敏治、喜八郎、元伸、侑子、勝比古、堅坊、三成、千...【続きを読む】
伊勢神宮式年遷宮「白石献上歌」に感動
伊勢神宮式年遷宮「白石献上歌」(下をクリックすればユーチューブで歌が聴けます)
Movie Ise
お白石持(おしらいしもち)またはお白石持行事(おしらいしもちぎょうじ)は、神宮式年遷宮を構成する祭事の1つ。式年遷宮によって新しく建設された伊勢神宮の正殿の敷地に、白い石を敷き詰める行事である。...【続きを読む】
台北(芝山巌・圓山大飯店)吟行26句(2019/2/28~3/4)‥《こころざしの高さをいまに芝山巌(しざんがん)》 推敲中、どんどん句が変わります
写真は台湾教育の聖地・芝山巌の、山内の歩道のきわに咲いていた花。この地で暴徒による凄惨な最期を遂げた六氏(六士)先生の血のようであり、また教育への真摯な情熱のようにも見える赤だった。
台湾では日本への割譲当時、反対する勢力が激しい抵抗を続けていたという。寝耳に水だった日本統治を受け入れるはずもな...【続きを読む】
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