番傘とらふす7月号の「啄木鳥(きつつき)抄鑑賞」と、瓦版7月号の「前月号鑑賞」のための句の読みに入っている。どちらも今月中に締切りのあるデスクワーク。句の読みを深めるために、数日を置いて3回は読み込む。「たむらあきこ川柳集 たましいのうた」も、まだ選句の最中。こちらは読むほどに選句が難しくなってくる。言霊(ことだま)というが、自分の作品ながら、句の世界に引き込まれ迷っている状態。
番傘とらふすは、比較的おとなしい川柳で誌面が埋められているが、味があり、けっして疎(おろそ)かにはできない。「啄木鳥(きつつき)抄鑑賞」は入念に書かせていただいている。次は番傘とらふす3月号に掲載の句。
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葬は要らぬ骨は拾うなまして経 日野 愿
この句に驚き、心打たれてまず採らせていただく。下記は5月号の鑑賞文。
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「死ぬ覚悟」、「世を容れぬ固陋(ころう)」。全句に窺える諦観。作者は自らの「葬」に触れる。在来仏教のどこか薄汚れた葬式に自分の亡骸を委ねたくないという、こころの叫びがあるようだ。「骨」を拾えばさらに納骨へ続く儀式が待っている。どこか胡散臭い、カネのにおいのする葬式などはしてくれるな、「経」も要らないと。
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さらに3句とその鑑賞文を記す。ともにこころに訴えかけてくる佳句。地方の柳誌であり、毎月の句会の出席者もわずか十数名ながら、深い句が出ている。作為のなさに寧(むし)ろ心打たれ、教えられる。
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まぎらわすように大きな声を出す 岡内 知香
「まぎらわす」のは自分のこころ。鬱屈したこころの向きを変えたい。そんなときは「大きな声」で自らを覚醒させる。
寒かろうなあ寒かろう石仏 北山 絹子
「なあ」は感動詞。「石仏」に呼びかけている。作者は自らも心身の寒さを抱え込んでいるようだ。そうでなければ「石仏」の寒さに想いが及ぶことはない。
独り居をゆさぶらないで戻り寒 植野みゆき
やっと春が来た。暖かくなったと、「独り居」の作者の小さなよろこび。「戻り寒」はそんなよろこびに水を差す。こころも身体も揺さぶられてしまう。
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鑑賞文を書く前に佳句を拾いだす喜びがある。作者のこころの中に入って、言霊と響きあう。至福のひと時であるといえよう。(言霊:言葉に宿ると信じられた霊力)
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とらふす啄木鳥抄鑑賞を取り上げてくださり、ありがとうございます。大きくそして少し高めの声を出して自分を奮い立たせている毎日です。今日も職場で、いつもよりテンションが高いけど大丈夫?などと言われました。声を出すのも煩わしい時もあるので、ハイテンションでいられるのも幸せかなあと思います。明日も大きな声を出して頑張ります。
知香さま
5月号の句を読んで、心配。
近くに来られたら、ドトールでお茶(&川柳の話ほか)をしましょう。
今月も句会には行けないので。(鈴鹿市民川柳大会)
ごぶさたしております
本当に何日ぶりのコメントなのでしょうか・・・・
「奥の細道」の話題 富山県の松尾芭蕉の足跡をたどり、
一つ宿に遊女と寝たり萩と月
早稲の香や分け入る右は有磯海 などと書きかけて、そういえば芭蕉は忍者?というあたりで中断。
昨日の選者考で、実は私自身、とある句会で選者をおおせつかり、その自分の選とブログを思いあわせて、コメントを書いては消去、書いては中断をくり返しておりました。
この句会においては、しっかり選の勉強していきなさい という親心だと心得ているので、じっくり読ませていただき、選句してきました。
葬はいらぬ骨は拾うなまして経
この句を先日紹介していただいて以来、恐れ入って、手も足も出なくなっておりました。こんなに無駄をそぎ落として自分の信条を前面に出して・・・・・・ショックを受けました。ううう(ー.-)
竹内いそこさま
お久しぶり。(体調でもよくないのかと、気にかかっていました)
よい選をされたことと思います。(選者を選ぶ、参考にしていただいたようでありがとうございます)
尾藤三柳先生に『選者考』がありますね。
葬は要らぬ骨は拾うなまして経
凄いでしょう? 日野愿(すなお)さんはなかなかの川柳家です。川柳展望全国大会でも選者をされました。
またここでそういう方の句をご紹介しますので、楽しみにしていて下さい。久しぶりのコメントありがとうございました。
追伸
奥の細道、歩けそうなところへは行きたいですね。芭蕉さんもあの立山連峰を眺めたんでしょうね。
確かに暗い句ですね。そんな気持ちになるような出来事がありましたので自然とあんな句になりました。でも大丈夫です。今日やっと少しだけ楽な気持ちになりました。ご心配をおかけしてすみません。またお茶に誘って下さい。ありがとうございます。
知香さま
句に吐き出すことによって気持が楽になる、ということがあると思います。
そのためにも、自在に詠めるように精進したいですよね。
自在にとは、手馴れたようにということではありません。手馴れた詠み方をしてしまうと、オシマイだと心得ておいて下さい。
葬は要らぬ骨は拾うなまして経
すごい迫力を感じます。この一句でこの方の人生がすべて手に取るように感じるのは私だけでしょうか………
毎日勉強させて頂いています(^^)V
伊東志乃さま
まいど~。(完司先生のマネ)
葬式は要らないのかもしれませんね。
家族葬から直葬、といった流れになるのかもしれません。都会ではすでにそのようになりつつありますね。この10年でずいぶん葬式のかたちも変わりました。