少し前になるが、20時頃スーパーから帰ると「電話がいっぱい鳴っていた」と息子。ケータイの発信者の名前はと見ると、朝日新聞和歌山版「川柳」欄選者のHさん。自己表出の短詩型文学 荒川佳洋
巷間隆盛をきわめるセンリュウとは一線を隔し、現代短歌、現代俳句と肩を並べて文学を求める川柳作家たちがいる。
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もうひとり、和歌山には「わたくし」に固執する作家がいる。たむらあきこである。近作『よけいにさみしくなる』(2022)は、一句一句が独立し、かつそれをつらねて、タイトルに収斂させるという離れ業をやってみせる。
長くなる影に問われる方向性
訃のあとを漂うわたくしのさくら
わたしの断層にはなびら入り込む
巧みな隠喩と直喩であざやかに自己を切り取ってみせるが、驚いたのは、「わたくし(わたし)」は句集中に四十二箇所もある。十七文字の俳句、川柳では一文字でも惜しむところ、それも平がな四文字の「わたくし」の頻出である。川柳作法からすれば顰蹙を買って無理からぬところだが、しかし、その川柳作法の無視の仕方がとても新鮮で、こういう掟破りのところから新しさは生まれるのかもしれない。
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