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 下記は、かつて“東の横綱”前田咲二先生からいただいていた、朝日新聞掲載の先生の時事川柳をちりばめた一文。ごみ屋敷?の掃除をしていたら出てきたもので、26年前に戻ってみなさまとご一緒に楽しみたい。《あのセンセいま何党にいるのやら》(咲二)
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川柳で詠む3年3ヵ月
猫の目政界
 「非自民」で連立政権ができたかと思えば、五五年体制下の宿敵「自民」と「社会」が手を結び、名前を変えた政党も。一九九三年七月の前回衆院選から約三年三ヵ月。政界地図は猫の目のように変わり、政局は揺れに揺れた。「一票」を投じた側は、何度も首をかしげ、戸惑った末に新制度での総選挙を迎える。
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一票の側から´96総選挙
選挙前公約耳に心地よい
五パー三パーただとバナナのたたき売り
好かんのが比例の上の方にいる
 時事川柳を十年来詠んでいる前田咲二さん(69)=寝屋川市=は、衆院解散の日、こんな句を詠んだ。作句ノートをくってみる。
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 一九九三年夏。《政治改革金丸さんのおかげです》自民党の金権腐敗ぶりに国民の不満は高まっていた。宮沢内閣の政治改革は不発に終わり、《(うそ)をつくと総理みたいになりますよ》で内閣不信任。自民党が割れて新党さきがけや新生党ができ、《サッカーよりいま政局がおもしろい》。そんな中での選挙だった。

 「政治刷新」の追い風をはらんで躍進した日本新党の細川氏が、その勢いで非自民連立政権のトップに。《政策の皿へ七つの色を盛り》、《大臣のイスがよりどりみどりです》と思えた。初めて下野した自民党は、《総理への野次(やじ)を楽しむ自民党》になった。

 細川内閣は発足時、朝日新聞社の世論調査で支持率七一%と、それまで最高の田中内閣(六二%)を上回った。だが、《総理よりお似合いベストドレッサー》とも映り、《消費税民のかまどが見えぬ殿》なのか、九四年二月に突然「腰だめの数字」としながら《七%などと殿さまご乱心》。《「福祉税」福祉がほしい手から取り》と世論の猛反発を受けた。

 武村官房長官との距離も開き、《深夜会見きっと総理の記者いじめ》も度々。結局、四月には《よきにはからえと政権ほうり出し》た。

 細川内閣の後を継いだ羽田内閣は、統一会派「改新」結成に反発した社会党の政権離脱で少数与党での船出に。《短命という人形が飾られる》ようにも見え、二ヵ月で総辞職した。

 次の政権づくりで社会党は旧連立与党と自民党の双方から引っ張りだこ。その末に《瓢箪(ひょうたん)から眉(まゆ)毛の長いこまが出た》。「呉越同舟」で自民党は政権に復帰した。

 村山首相は《支持率も眉もちょっぴり伸びました》が、「自衛隊合憲」を明言したり、《消費税反対をした手でまとめ》たりしたことに、支持者でなくとも《社会党とけて流れてのーえ》とざれ歌でも歌いたい気分に。

 一方、野党の「新・新党」は《新という字ばかりいくつ並べても》《新党に古いにおいがつきまとい》、人気はいまひとつ。日本新党の細川氏も《家来を捨ててさっさと城を明け渡し》、年末には新進党に合流した。

 明けて九五年。阪神大震災や地下鉄サリン事件などで騒然とする中で迎えた統一地方選で、《ほっといてんか知事は市民が選びます》と有権者。無所属の横山ノック、青島幸男氏が政党相乗りの候補を破った。

続きは次回

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