(原文ママ)差出人名は記載いたしません。
★『前田咲二の川柳と独白』を、繰返し拝読。とりわけ老生の心に響いた句を記します。
・遊ばれているなと思いつつ遊ぶ
・柩の中で顎が外れるほど笑う
・少年兵の骨も藻屑とよびますか
・どの枝も首を吊るなと言っている
・嘘発見器が笑い出すまで嘘をつく
・追いついてくれる速さで逃げている
・敵艦をめがけて落ちていった火よ
・………………………………………
監修はさぞかし大変なご苦労だつたでせうね。読後感を申せば、「前田咲二氏はまつたうな日本人であつた」と思ひます。(三島由紀夫から<毒>を除去したやうなイメージです) ※P31「一年の半分ほどを酔っている」 P64「人生の半分ほどは酔うている」などが、やや気になりますが、これも“咲二節”でせうね。自己類似句は「好みの節回し」にて、老生も身に覚えが、あり過ぎるほどあることです。
★「前田咲二の川柳と独白」
お送りくださってありがとうございました。遅くなりましたが少し感想を書かせていただきます。思いついたままで申し訳ないです。的外れはお笑いください。
それがどうしたと思われることが判明しました。大正15年10月生まれ。
亡父と同じなのでう。父は10月1日、72歳で他界しました。そして昭和5年生まれの惠美子さんは亡母と同じ年生まれ、生きていたら卒寿になるところです。
咲二さんの写真のお顔、どれを拝見しても人類愛のようなものを感じます。
どことなく、人の心の中を見透かしておられるようで、そのうえでやさしく接してくださった。初めてお会いしたのがどこだったのか、気楽にお話が出来るようになったのかあまりよく覚えていないのが悔しいのですが、大先生なのに全然威張った感じがなかったから、ついつい友だちみたいに話してしまっていました。
「たかちゃん、怖い怖い」と言って、柱の陰に隠れておられた日もありました。お茶目でしたねえ。
黒木瞳が死んでと言えば死ぬだろう
失楽園が流行ったころかしら。笑ってしまいます。「あきにゃんが死んでと言ったら死ぬだろう」と替えてみましょう。ごめん、黒木瞳は動かないです。でも、知己思いはおありだったでしょう。
行方不明の刻を聚めている夕日
漢字の使い方、「刻」も「聚める」も「時」や「集める」ではだめなのですね。こういうこだわりが咲二さんお生き方なのでしょう。
子も嫁も孫も僕より背が高い
ご自分の背の低さを嘆いておられるのではない、ご自分の遺伝子が自分を超えてゆくことに安心もしておられたようですね。
ここで小休止
ひととおり全句に目を通して、感じたこと。
あきこさんが監修されたから、どうしてもあきこさんの目を、心を通過した句が多いなと感じました。父・母のそれも母親に対する深い想いが詠まれた句が多いこと、日常のことも、あきこさんが知り得ること、聞かされたことなどが主になっている気がしました。もっとも、掲載されなかった句にどんなのがあったかは知らずに言っているのですが…。 それでどうのこうのではありません。ふと感じたのです。
母の句で一番心に残った句
一生のどこを切っても母がいる
この句に尽きます。
咲二さんは人間の観察力、観察眼もすごかったけど、世の中あるいは身近なことも、句に表れていると思います。
幕間の馬が煙草を吸っている
落日の破片漁っている野犬
ひょっとこの仮面の裏が濡れている
きっとひょっとこは咲二さん。人を笑わせ、仮面に中で汗をかき、涙を流している。
人波の中に写楽の顔がある
祀られる石と踏みつけられる石
・なるほどと少しして思う句
犬も猿も雉子も職安に通う
本当の仲間が残る三次会
この句は、本当は初め(ただの酒好きが残るだけでしょ)と、つぶやいたのですが、三次会は比喩だとしたら、すごく深い句。深読みかしら?
通帳の残が慌てているようだ
誰もが日頃感じることを、少しだけ違った方向から少し余所行きの言葉で詠まれるのがうまいですね。
物の対比も考え抜かれていて面白い句がたくさんありました。一句だけ。
エンピツで重い答が書いてある …
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誤字が多くてごめんなさい。
笑って許してください。(>_<)
ミセス Xさま
だいじょうぶ。
咲二先生は、だいたいのことは大らかに、大目に見ておられたのね。(その先生が激怒されたこともあるのですが)
ミセス Xさまの文章をごらんになって喜んでおられます、笑。
こころのこもっている文章を「よい文章」というのね。
こころのこもった感想をありがとうございました。