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 昨年ご病気で退かれた前会長と何度かご相談、2月末に編集同人を退かせていただくことにした。編集同人として仕事の引継ぎの責任を果たし、嘱目吟に新境地を見いだすべく、また『たむらあきこ吟行千句』出版へ向け更なる一歩を踏み出すことにした。足かけ十年前田咲二前会長の時代の瓦版の会を支えさせていただいたことに、満足している。(これからもときどきこの十年間のあれこれを思い出すまま書かせていただきます)
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 平成19年、初参加の 展望句会で、瓦版会長になられたばかりの前会長に同郷(※和歌山)ということでお声をかけていただいたのだった。そのあと、当時中田たつお氏が会長の堺番傘句会でたまたまお会いし、なんと当日瓦版編集同人数名とご一緒の蕎麦(そじ坊)に誘っていただいた(その日は行けなかった)。それがきっかけで瓦版句会への初出席、そのあと同人参加を熱心に勧めていただいたのである。時事川柳を中心に詠むつもりはなかったので何度もお断りしたのだが、前会長の熱意に負けた。
 (あんたのような、ふつうの川柳のうまい人に)時事川柳の勉強をしてもらいたい」「交通費も同人費も(こちらで)もつから、来てくれるだけでいい(※お申し出の実費の半額でいいとして、頂戴)」「後継者として来てほしい」と、当時の私にすれば大先生からの勿体ないお誘いだった。入会後はよその大会に度々連れていっていただき、ご友人やそこの会長さんにも「後継者」としてご紹介いただいた。
 それからまもなく現会長(当時編集人)と三人の席で「どちらかが後を継いでくれ」というお話をされたのである。そのこころざしにお応えしようとも思っていたのだが、その後いくつかの理由で断念、お断りするに至った。
 思えば自身の意志で瓦版の会に入会したわけではなく、瓦版の中心の編集部にいて大切な仕事を任されながら、「客人」のような十年間だったかもしれない。時事川柳だけでは満足できず、相変わらずあちこちの句会にせっせと足を運んだ。時事川柳は自分の本来ではないとのいささかの心の声、また知人の声もあった。それでも数年後には「あんたの時事川柳ができてきた、それでいい」との言葉を前会長からいただいた。読売新聞の「よみうり時事川柳」欄を担当できるということの魅力も捨てがたかった。
 いまとなれば、瓦版の会に十年間大事にしていただいた(というよりほかない)。不思議なことに、(川柳の)横綱と称えられた前会長の近くにいると句が詠みやすかった。オーラをいただく、というのはこういうことだろうかと思ったこともある。入会してから毎年のように大きな賞をいただいたのは、そのオーラが背を押してくれたおかげと思っている。長く瓦版の会を私なりに懸命に支えたのは、こころざしにこころざしで応えさせていただいたということ。これが私の瓦版の会での十年への答えであると、総括させていただいてよいだろう。

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  1. 昌紀 on 2017年6月10日 at 9:08 PM :

    コメント。う~ん、むつかしいなぁ。

    • たむら あきこ on 2017年6月10日 at 9:57 PM :

      昌紀さま
      しばらく、句会出席は選を頼まれたところに限られると思います。
      でも、またお会いできると思っていますよ~、当然。
      元気でいてほしいのね。野菜、野菜~! (うるさ型)
      『吟行千句』に、おカネがかかるのよね~。
      これを出版できたら、また句会派~。
      両方やったら、首つりもん(笑)。

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