松尾芭蕉(まつおばしょう)[1644 – 1694]
霧しぐれ冨士を見ぬ日ぞ面白き(出典:野ざらし紀行)
季語は「霧」で、季は秋。「霧しぐれ」は霧が時雨のように降ること。箱根路での作。箱根の関を越える日、霧雨が降り遠くの景色も深い霧に包まれ富士山も隠れている。たとえ富士が見えなくても、こころにその姿を思い描きながら旅をしていると、これもまた富士を楽しむ一つの方法だと思われて面白いことだと。
秀句は玄人が誉めればその資格を得るが、名句となるとさらに圧倒的多数の素人の人気を得る必要がある。そこは川柳も同じ。この句は名句とはいえないまでも、穿ったことをいっている。見えない富士を楽しむこころの余裕がある。私も12月の富士山周辺吟行で、ひょっとすると富士の姿がまったく見えないかもしれないことを覚悟している。そのときは芭蕉のこの句を胸に吟行に臨むつもりでいる。たかだか三泊四日の吟行に見事に富士が見えるほうがずっと確率は低い。まずこの地を歩くことに意味がある。たとえ富士山が見えなくても、否見えないからこそ こころの中に見える峻厳な富士の姿もあるだろうから。
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美しい~富士山
この構図河口湖からではありませんか?
2年前娘と二人2泊した宿から見えてました。三日間レンタカーを借りて自由気ままに富士山を堪能しました。しかし傷心をいやす旅でした。2月でした。
加代さま
さりげない富士山はいいですね。
もうかなり寒いようで、ちょっと吟行には辛いところがありますが。
これからいろいろと、時間を見つけては調べていきます。
娘さんがおられて、いいですね。
娘は、いろんな意味で支えてくれるようです、どこでも。 ヨカッタ(^_-)ネ~
そうですね、これは山梨側からの富士山。河口湖から写したものでしょうね。
冬は空気が澄んでいるから富士山が見える確率は高いのですが、天気が悪いと五合目まで行っても見えないですから賭けですよね。あきこさんがいらっしゃる時に富士山のご機嫌がいいといいのですが
加藤 鰹さま
ところが、見事富士山は見えるのよね~。(なんで?)
あの年間20日しかくっきりと見えることのない立山連峰でも、あきこが行くと地元の人でも初めて見たというほどの美しさで姿を現したのです。(たまたまやろ)
何度も行きましたが、なんと9割の確率。見えない日の方が少なかった。これはもう立山連峰のほうがあきこを歓迎しているな、と。(……)
だから、富士山もあきこが行くと分かったら何としてでも雲を払いのけてでもくっきりとした姿を見せるのよね~。(へ~) ト(^-^;ユーコトデ