(14日、記す) 4日。12時半頃因幡万葉歴史館を出て、家持歌碑、さらに歩いて因幡国庁跡まで。
周囲は畑地だが、かつては国庁所在地としてたくさんの建物が建ち並んでいたことだろう。続いてかなり疲れてはいたが国分寺跡まで行こうと、たまたま犬の散歩で通りがかった(品のよい)初老の男性に伺う。(写真:因幡国庁跡)
「どこから来たんですか」と問われて「和歌山です」と答える。「帰りのバスの時間までかなりあるので。津ノ井駅はどの方角ですか」と伺うと(津ノ井駅の方角が分かれば国分寺跡も分かる?)、津ノ井駅はあまりに遠いので(近くにおられる奥さまに犬を預けて)近くに停めている車で(鳥取駅までの途中の自宅近くまで?)送って下さると仰る。ご遠慮。どこかのバス停まで歩くつもりだったが、いかにも遠いような話しぶりなので結局眼の前の面影山の近くと仰るご自宅の近くまで送っていただくことに(結局鳥取駅まで送って下さった。国分寺跡は次回)。少し大げさではあるが(極端な交通の便の悪さという)地獄で仏(?)(ありがたい)。車中伺ったところによると、大西泰世さんの「ぼやき川柳」をいつもラジオで聴いておられるとか。それならとこのブログのことも話させていただいたが、さてご覧いただけたかどうか。
翌日5日の大会(春はくろぼこ川柳大会)で久しぶりにお会いした鳥取在住の柳人M氏。「(当)ブログを見て、(因幡国庁跡へ行くのに)津ノ井駅で降りるとは無謀な」(と思った)とのこと。3日、津ノ井駅から因幡国庁跡に向かって歩いた(とブログに書いていた)ことを仰るのである。4日に(バスの便が殆どないことを心配して)因幡国庁跡付近を(あきこが)歩いていないかと車で見に行っていただいたとのこと。感謝に堪えない。鳥取県人の優しさ温かさをしみじみと感じたことだった。
3日、津ノ井駅からどこをどう歩いて迷ってしまったのか。帰ってネットで地図を拡大して分かった。津ノ井駅から因幡国庁跡へ歩いて行けないことはない。5月31日に北日本川柳大会で富山まで出かけるので、その前後にもう一度鳥取の因幡国庁跡へ津ノ井駅から歩こうと考えている(吟行がまだ充分でないため)。懲りないあきこ。
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「お次がよろしいようで…」
つい先日、仏になられた米朝師匠、天国で地獄八景を講演なさっていらしゃるとか。
「地獄もいいものですよ」といつもの軽妙な口調で地獄のPR。
見学してきてもよかったのではないですか。
(人´ω`).ア☆.リ。ガ.:ト*・
「さて鳥取県人はみな仏さま」とは言いすぎでしょう。
茶助さま
鳥取は、主に砂丘の方に観光行政が力を入れているのかな。
砂丘に行くバスはいっぱいあるのに、因幡万葉歴史館には一日二本。
これでは、帰りの交通手段が確保できないのね~。
車で行けば問題ないのだろうけれど、バスだと途方に暮れることになりそう。まあ、それで訪れる方が少なく、因幡国庁跡が荒れないことはいいことなのかもしれないけれど。
とてもよい場所なのね~。三つの山に囲まれているのだけれど、まるで大和三山のようで。
少々時間がかかっても歩いてみたいと思う素敵な土地なのよね。
大伴家持がここで万葉集最後の歌を詠んでいるのね。 マタp(^_^;)/‰イクモンネ
大変な目にあいましたね。
姉はバスは1時間待ちだったのでタクシーで行き、帰りも頼むと言ったらタクシーの電話番号が印刷された名刺大のものをもらったそうです。見学を終わって電話したら同じ人のタクシーが来たそうです。(携帯電話が役にたちますね~)
防府市にも国府跡がありますがひっそりとしています。防府市出身の作家高樹のぶ子の小説、「マイマイ新子の千年の魔法」に千年前防府の国府に赴任してきたお父さんと一緒に北の子がやってきました。現代の女の子(のぶ子・・・)が出会ってそれから・・物語が始まります。
これがアニメとなって(5年ほど前)いろいろなイベントがありましたね。
加代さま
国府跡は、考えようによってはあまり観光地化しないほうがいいのかも知れません。
鳥取砂丘が残念なことになっているのも、あまりに観光資源として売り出しすぎたからかも知れません。
鳥取砂丘では、3年前の吟行でついに一句もできなかったのよね~。
俗化するとそういうことになりやすい。因幡国庁跡へはまた行きます。でも、せめて一日に4本のバスの便が欲しいなあ。
書道家のお姉さまによろしく。あきこもそろそろ字の練習をしなければと思っているのです。
マタネ(^.^)/ζ‰