Loading...Loading...

  濾過される「好き」                  加藤 当白

 「芸術は長く人生は短し」。これは創造する側の言葉。では鑑賞する側は。「芸術は広く人生は短し」・・・か。

 この世に無数と存在する絵画、本、音楽、川柳・・・。人はいったい生涯のうちに、どれだけの作品と出逢うことができるのか。これまでに加えてこれからも、その無数は際限なく増え続けていく。あまりにも広い作品世界のどれに、いつ、どこで、どのように出逢うのか。そしてなぜ出逢うのか。

 個人的趣味である音楽に、まずは話を絞る。音楽を自覚的に聴き始めて30年近くになる。幼少の頃より父親の影響で音楽は日常にあった。特に音楽教育を施されたわけでもなく、音楽に対する予備的知識のない子供ながらに、「今の曲もう一回かけて」を何度も繰り返した。この感覚ってなんなのか。メロディーやフレーズが純粋に耳に心地よい、気持ちが昂る、ずっと浸っていたい・・・。少々大袈裟だが、これが魂に響くということなのか。音楽を聴いて湧き起こるこういった感覚というのは、大人となった今でもなんら変わっていない。

 やがて自分で音楽を選ぶ年頃になると、雑誌やらラジオからたくさんの情報を仕入れては、手当たり次第に多様な音楽を漁っていった。そのうちにインターネットが普及、ちょうど学生時分で昼夜逆転の一人暮らしの身には、夜毎の鑑賞は延々と続いた。あれを聴いたらこれも聴きたい。好みのアーティスト自身が影響を受けた音楽があると知れば、ルーツをどんどん遡っていった。CDの数が増えていくのは必然であった。

 それでもまだまだ知らない、まだまだ聴いたことのない音楽がある・・・。聴き漁ることがとめどなく続いていたが、いつの間にかそのペースは緩くなっていった。ひょっとすると、ただ「その音楽、知ってるよ」を言わんがために、手当たり次第に漁っていただけではないのか。そして思い直す。それほど好きでもない音楽を無理して聴くことはない。5分の曲は誰が聴いても5分はかかる。時間は限られているのだ。ならば、本当に聴きたいものだけを聴いていこう。結局は、音楽的嗜好が「好き」に収斂されてきたのである。

 幅広く聴いて、新たな音楽との出逢いが多々あったことは確かで、それは心の財産である。しかし、「好き」というフィルターを通すと、いくら世界が広く、どれほど大量の音楽があろうと、心の底へと濾過されていく「好き」は限られてくるのだ。

 どの音楽にいつ、どこで、どのように出逢ったのかをすべて覚えているかと問われれば、答えには窮する。しかし、生涯を共にするであろう音楽との出逢いの記憶は鮮明だ。ではなぜそれに出逢ったのか。この問いの答えはその場ではわからない。一生わからないかもしれない。それに、自分にしかわからない。答えはさまざまあろう。出逢い直す、ということがしばしばある。これは、なぜ出逢ったのかという問いへのひとつの回答となりうる。回り回って自分の原点となる音楽に戻ってきた、当時はわからなかった良さをあるときふと発見した、いわば将来再会するために出逢っていたのである。ここにも「好き」という感覚が息づいている。

 そして川柳という無数。音楽ではもっぱら鑑賞する側にいることが多いが、川柳では創造する側にも立っている。川柳歴としては4年強、始めた当初は全国クラスの大会歴代受賞句や、全国各地の吟社の柳誌を取り寄せ、手当たり次第に読み漁った。岩波文庫の『柳多留』にも触れた。自ら作句しながらも、とにかく鑑賞に徹した。

 元来、川柳家であった祖父の影響もあり、川柳に対する予備的知識のない子供ながらに、聞かされた川柳に「うまいこと言うもんだ」、「なんだかすごいこと言ってる」と純粋に感心したものだった。それが4年ほど前のある日のきっかけで、川柳に再会することとなった。

 やがて川柳にも多様なジャンルがあることがわかってきた。ジャンルが言い過ぎならば、作風とでも言おうか。柳誌や句会によって、かなり色の違いがある。名だたる川柳家らの作品にはそれとわかる味がある。

 まだまだ浅い柳歴ではあるが、だんだんと「好き」な川柳がわかりつつある。無数とある作品から音楽同様、「好き」な川柳を追究していこう。自作品、他作品を含めてこれまでに出逢った川柳、これから出逢うであろう川柳。心の底へと濾過される「好き」を存分に味わおう。時間は限られているのだ。そしてなぜ出逢ったのかにも思いを巡らせよう。自分にとって川柳は、「長く、広く、人生は短し」。

 「人間は一生のうち逢うべき人には必ず逢える。しかも一瞬早すぎず、一瞬遅すぎない時に」(森信三)。音楽、川柳、また然り、と信じよう。(原文ママ)

ポストする LINEで送る ブックマーク
❤️ ひざポン
ありがとう!

気軽にポチっと
どうぞ(無記名)

風にのる智恵子 狂つた智恵子は口をきかない ただ尾長や千鳥と相図する 防風林の丘つづき いちめんの松の花粉は黄いろく流れ 五月晴(さつきばれ)の風に九十九里の浜はけむる 智恵子の浴衣(ゆかた)が松... 「16日夜、再び千葉県へ‥『智恵子抄』の九十九里浜を歩こうと思う」の続きを読む
 南海和歌山市駅9時発の特急サザンで天下茶屋まで、乗り換えて 栂・美木多駅まで。徒歩5分、栂文化会館まで。慶一、愿、美智子、勝彦、ひろ子、久美子、ふさゑ、浩子、知子、侑子、たかこ、智彦、くんじろう、英... 「第33回 堺市民芸術祭川柳大会‥《尖りだすコトバもまるくして返す》」の続きを読む
 伊勢神宮では9月13日に中秋ちゅうしゅうの名月を愛でる「神宮観月会」が開催される。観月会は、全国から応募のあった短歌と俳句の秀作を、神宮の楽師がくしが古式により披講ひこうする雅な催し。披講につづき、... 「雅(みやび)を遊ぶ‥神宮観月会(9月13日)について」の続きを読む
 表題の通り句会出席を決める。尾藤三柳先生が逝かれてから、初めての出席。13日、14日と予定があるので、(疲れで)出席できるかどうか少々ためらっていたのだが。今回はあとの懇親会にも出席させていただく... 「16日、川柳公論表彰句会出席を決める」の続きを読む
 一年間担当させていただいた「川柳クリニック」も今回が最後。表層ではない、人間存在の根幹に関わるところまで掘り下げる川柳の追求こそが、文芸を通しての自己実現につながるものと思います。どうぞご一緒にこれ... 「川柳クリニック最終回‥(2019)川柳クリニック Vol.19 No.12 (川柳マガジン8月号から転載 川柳クリニックDr.たむらあきこ) 予備句(掲載なし)も書き加えております」の続きを読む
 このところ、出かけるたびに少々疲れ気味。持ち直す(?)のに少々時間がかかるのね。(アップが遅れて申し訳ございません。) 2句会分をいちどにアップ、詳細は省きます。(結果のみ) …‥‥‥‥‥‥………‥... 「(2019/9/1)阪南9月句会‥《きみに溺れてからわたくしを見失う》&(2019/9/3)川柳マガジンクラブ大阪句会9月句会‥《影長くなるまで釣っているオカズ》」の続きを読む
Copyright All rights reserved. SHINYOKAN PUBLISHING illustration by Nakaoka.K