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 1926年に柳宗悦(やなぎ・むねよし)らによって提唱された生活文化運動を民藝運動という。当時の工芸界は華美な装飾をほどこした観賞用の作品が主流だった。その中で柳宗悦らは名も無い職人の手から生みだされた日常の生活道具を「民藝」と名づけ、そこに美術品に劣らない美があると唱えた。美は生活の中にあると。土地の風土から生まれ、生活に根ざした「民藝」には用に即した美が宿っているとした。新しい美の見方を提示したのね。また物質的なゆたかさだけでなく、よりよい生活とは何かを民藝運動を通して追求した。民衆の、民衆による、民衆のための工芸ということで、「無名性の文芸」である川柳とは一脈通じているのね。

 川柳は、俳諧連歌から派生した近代文芸。俳句とおなじ音数律をもつが、俳句が発句から独立したのに対し、川柳は連歌の付け句を、逆に下の句に対して行う前句付け(前句附)が独立したものなのね。季語や切れの約束がなく、口語が主体で、字余りや句またがりの破調、さらに自由律など、規律にとらわれないところがある。そのあたりも「民藝」なのよね。現在多様化している川柳だが、サラリーマン川柳などはとくに無名性が高い。サラリーマン川柳が受け入れられている背景にあるのは大衆の〈共感〉といったもので、これが評価のベース。誰の句かなどはほとんど問題にされない。めざしている文芸川柳とはかなり隔たっているが、この無名性を肯定したい。無名性はむしろ大きな魅力でもある。また川柳という懐のふかい文芸のフィールドには、下品にならない限りどのような句も受け入れていいと思っている

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