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 読売新聞社に後継者としてわたしの名を届けておくという前田先生のことばに、(申し訳ないことだが)お断りさせていただいたとき、先生は「瓦版に残って○○(現代表)を助けてやってくれ」「残って、瓦版の重しになってくれ」とおっしゃった。先生は、なんとなくご自分の寿命を感じておられたのではないか。

 会のことを第一に心配しておられたので、わたしが「いつまでも(瓦版の会には)いない」とそのときも申し上げたのは、いまから考えるとほんとうに申し訳ないことだった。どんなに当惑し悲しかったことだろう。栴檀木橋の上での、そのときの先生のお顔を忘れない。先生は、瓦版の会をきちんと後進に託して安心して逝きたかったのである。(先生はこの年の12月に倒れられ、翌年9月に亡くなられた。享年92)

 やさしかったが当然厳しいところのある先生は、読売新聞社に対して現代表のことをずいぶん庇っておられた。(そのことを、現代表は知らないのね。) 先生が「よみうり時事川柳」で入選句とされた現代表の句を新聞社が受け付けないので、そのことでなんどか新聞社とやりあっておられる。選者としてのメンツもあるが、現代表への親心?のようなものもあったと思うのね。しかし、そんなかれを後継者としたら瓦版の会と読売新聞社との長い関係が切れないかということを、心底心配しておられた。歴史のある句会とはそうしたもので、脈々と続いていかねばならない、続かさないといけないとの思いが先生にはあった。
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 上記のことを含めて表題のことを書いていくつもりでしたが、少し長くなりすぎました。あらためて次々回あたりから書いてまいります。
 結論から申し上げると、句に、自分以上のものを盛ることはできない。川柳の何を伝えるかと問われれば、やはり川柳とは個々の〈にんげん〉の生きざまそのものと答えるしかない

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