吟行は襤褸(ぼろ)をまとって
明治から昭和初期には布類は高価で、庶民の暮らしには貴重品だったようだ。破れたら当て布をして使うので、何枚も重なる布と縫い目。この継ぎはぎだらけの布を襤褸(ぼろ)と言う。150年も前、まだまだ木綿そのものが農民にとっては非常に貴重だったころ。そのころから東北地方など寒い地域の人々が麻布に刺し子をした...【続きを読む】
上野恩賜公園《彰義隊・戦死の墓》吟行50句を尾藤一泉氏宛に送付させていただく
15日の 上野恩賜公園《彰義隊・戦死の墓》吟行50句の推敲をほぼ済ませ、本日尾藤一泉氏宛に送付させていただいた。吟行句(嘱目吟)を氏の柳誌に載せたいとのお申し出にお応えしたもの。こういうかたちで吟行句を掲載していただくのは初めてのこと。(ということで、ブログ掲載はその柳誌が出てからのことになります...【続きを読む】
久しぶりに、尾藤三柳(川柳作家全集)を読む‥抄出20句
これから、空いた時間に大家の作品をしっかり読んでいこうと思う。尾藤三柳先生の句集は一冊しか手元にはないが、くり返し味わってみたいと思う。
作句ばかりしていると、他のことが全くできなくなる。能力の一部が欠けてくるのか、整理整頓にいたるまでいい加減になるなど影響があるようだ。これを努力して元に戻せば...【続きを読む】
上野(恩賜)公園《彰義隊・戦死の墓》吟行50句(2017/5/15) (未推敲)
上野(恩賜)公園《彰義隊・戦死の墓》吟行50句(2017/5/15)
江戸の意地みせて散りゆく彰義隊
いまも記憶のなかに騒(ざわ)めく彰義隊
変わり目が彰義隊へと節を足す
その時のはるかに影が躍りだす
幕末の影絵のひとつ彰義隊
引き際へ諦めきれぬ摩擦音
節のいま彰義隊から照り返し
系譜の行き止まりに...【続きを読む】
4時11分、目覚めて咲二先生を思う
上野公園吟行から夜行バスで帰った17日、咲二先生にご報告の電話を入れさせていただいたが、なんと電話に出られない。昨日18日も出られない。また入院されたのだろうか。近くの息子さん宅にも電話を入れたが、こちらもおられない。
吟行の前に、「上野公園まで、句会と彰義隊のことを詠みに行きます(留守をします...【続きを読む】
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