上野彰義隊150回忌 川柳供養 兼 誹風忌‥《発酵のそれから 石に刻まれる》(たむらあきこ)
(18日、記す)15日。池袋サンシャインバスターミナル着は6時頃だったか。歩いて池袋駅まで。山手線で上野まで。広小路口を出て徒歩10分、宿泊のホテルを確認。ホテルに荷物少々を預ける。上野公園に向かう途中、アメ横、五條天神社旧趾(書肆花屋久治郎)に立ち寄る。京成上野駅と道路を隔ててはす向かいの喫茶店プ...【続きを読む】
創立60周年記念 時の川柳交歓川柳大会‥《石のほどけるまでを独りの旅にいる》(たむらあきこ)
(16日、記す)14日(日)。8時13分発急行難波行で難波、阪神で元町まで。徒歩10分、兵庫県民会館まで。9階ホールまで。くんじろう、高士、保州、柾子、敏子、美智子、佳恵、祥文、蕉子、秀夫、無限ほかみなさまとご挨拶。
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[創立60周年記念 時の川柳交歓川柳大会] 出席192...【続きを読む】
チャンネルが合ったのか
「チャンネル」は周波数。霊とチャンネルが合ったり、チャンネルを合わせたりできる人もいるようだ。15日の東京・上野公園吟行を控えて、いま考えていること。
上野公園を歩くのは初めてではない。以前川柳大会出席のおり、山手線・鶯谷駅近くに泊まったことがある。日暮れ時と朝、上野公園や周辺をかなり歩いた。上...【続きを読む】
阪井久良伎(さかい・くらき)翁‥柳人のこころざし
明治新川柳中興の祖・阪井久良伎翁とは下記(※Wikipedia)のような方。5月15日に吟行を兼ねて東京・上野公園まで。幕末この地に散った彰義隊を偲ぶとともに、彰義隊への「川柳供養」を続けた柳人阪井久良伎の志について考えてみたい。
‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥ ‥阪井 久良伎(さかい くらき、明治2年1...【続きを読む】
上野彰義隊150回忌川柳供養 兼 誹風忌~上野吟行(5月15日~16日)‥彰義隊について調べる
五月の吟行先は東京・上野公園。彰義隊法要とあとの川柳句会に出席予定(「彰義隊150」で検索すると詳細が分かります)。下記はご参考まで。
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慶応4年(1868年)、鳥羽・伏見の戦いで旧幕府軍が新政府軍に敗れると、徳川慶喜は大坂城を脱出、江戸の上野寛永寺大滋院にて謹慎。新政...【続きを読む】
川柳・交差点 第121回 ―十歳誕生句会―‥《咲くためにあなたの傍にいる 花芯》
南海和歌山市駅8時59分発特急サザンで新今宮まで。JR環状線で京橋、学研都市線で河内磐船まで。ローソンで昼食用に🍙ほかを買って徒歩4分、ゆうゆうセンターまで。1Fロビーにて席題「花粉」の作句。10分ほどで15句。啓子、秀夫、喜八郎、小雪、美智子、早苗、昌乃、すゞ代、茶助、和代、寿子...【続きを読む】
[自句自解] 何もなかったように鋭く死んでいる
何もなかったように鋭く死んでいる
『たむらあきこ千句』のうちの代表句の一つ。「死」というものの在りようがこの一句に収斂されている。斃(たお)れ、ものを言わず動かなくなった屍(しかばね)。しかし、しばらくはものを言っているのだ。「何もなかったように」なるまでの数日、あるいは数十年。葬儀すら簡略化...【続きを読む】
[自句自解] たましいの凭(よ)るのは月の暈(かさ)あたり
たましいの凭るのは月の暈あたり
この世から少し浮いて生きている私は獏(ばく)の仲間。「たましい」が自分に近いものに「凭(よ)る」とすれば「月の暈(かさ)あたり」しかない。この句にすこし似る内面の風景として、かつて《獏のされこうべを満月が洗う》を詠んだ。こころに蒼ざめた「月」を持ち続けてきた私にとっ...【続きを読む】
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