手のなかに師・前田咲二【44】‥《切り口に憎しみすこし愛すこし》(前田 咲二) ※平成16年度に入ります
※時間がないので、少々急いでまいります。いま5時半。そとは雨が降っています。目が疲れて、横になって休んでいるうちに眠ってしまったのね。あまり寒くないのは、炊飯器を保温の状態のまま眠ってしまったからかな。十年があっという間だということは、最近しみじみ。『前田咲二遺作集(仮)』を出して、『たむらあきこ吟...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【43】‥《梅が咲いている人間が住んでいる》(前田 咲二) ※平成15年度はこれで終わりです
※時間がないので、少々急いでまいります。平成19年の夏、大阪の展望句会でお声をかけていただいたのが前田咲二先生との初めての出会い。そのときわたしが秀句、先生も秀句を取られました。次にお会いした堺番傘句会でもわたしが秀句2句(だったか?)、先生も秀句を取られたのね。句会の席で『帰りに(瓦版?)同人の皆...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【42】‥《神様がくれる勲章ならもらう》(前田 咲二)
※時間がないので、少々急いでまいります。18日に久しぶりに句会(川柳マガジンクラブ大阪句会12月句会)で大阪市中央公会堂にまいりました。前田先生が亡くなられて一年余り。(昨年9月27日に亡くなられたのね) 先生の声はいつもこころにあるのです。(いつかそれを書くこともあると思います) 地下鉄の淀屋橋駅...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【41】‥《半分は光で半分は闇だ》(前田 咲二)
※時間がないので、少々急いでまいります。まず前田咲二師の遺作集出版を終えなければ次の『たむらあきこ吟行千句』推敲にもかかれないのね。前回の『たむらあきこ千句』は、推敲に3年をかけております。「時間がない」と、最近思うのはそればかり。お手紙への返事ができていないことを、どうぞお許しください。(__) ...【続きを読む】
川柳マガジンクラブ大阪句会 12月句会(2018/12/18)‥《沈黙の別れが冬を深くする》
川柳マガジンクラブ大阪句会はあきこの大阪での原点、ホームグラウンドのようなところ。なんと今回は第147回だとか。嶋澤喜八郎氏が代表世話人をつとめておられる。あきこは、初めの頃からの参加者。(その頃からの柳友で本日出席されたのは喜八郎、幸雀、真理子の各氏) 出席者も少しずつ変わっていったが、厳しい句...【続きを読む】
(つづき)長谷川等伯(京都・智積院)吟行25句 (2018/12/12)‥《炎えている沈黙 楓図(かえでず)のなかの》 推敲中
長谷川等伯(京都・智積院)吟行25句 (2018/12/12)
楓図の中から等伯のもしも
楓図が訣(わかれ)へ翳を抱いている
久蔵のたましい 桜図のさくら
あの世この世を 八重のさくらが咲きほこる
炎えている沈黙 楓図のなかの
老木へも夢ひとひらは訪れる
起き上がり小法師の影を生きている
楓桜 父子...【続きを読む】
長谷川等伯(京都・智積院)吟行25句 (2018/12/12)‥《炎えている沈黙 楓図(かえでず)のなかの》
3歳で亡くなった秀吉の嫡子・鶴松の菩提寺・祥雲寺の大仕事が等伯のもとに舞い込む。派の長である永徳を亡くし動揺を隠し切れないでいるところに、「京都第一の寺」と言われた祥雲寺(智積院)障壁画の大仕事を等伯率いる長谷川派に持っていかれた狩野派の憤りは、計り知れないものであったと思われる。等伯は、永徳を強...【続きを読む】
手のなかに師・前田咲二【40】‥《いくたびの戦火くぐってきた仏》(前田 咲二)
※時間がないので、少々急いでまいります。写真は徳島市・東照寺の、戦火を逃れ現存する地蔵菩薩半跏像。ため息が出るほど美しいので、拡大してみてください。
『前田咲二遺句集 平成15年』【40】
脛かじる息子から来たお中元
SARS終息マスクをブラジャーに戻す
なにがつらいと言うても老母さんの涙
だしぬけ...【続きを読む】
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