第12回川柳マガジン文学賞の募集が始まった。気懸かりは選者に尾藤三柳先生が入っておられるかどうか。今回の選者を引き受けられたかどうかということである(川柳マガジン3月号で分かることなのだが)。いままで圧倒的に上位に採っていただいてきた。私の「ことば(思い)」が分かっていただけているということへの安心感と感謝。心に師と仰ぐ方。下記は以前東京・王子での川柳公論表彰句会におじゃまさせていただいたときの先生とのやり取り。初回先生に紹介してくださったのは本多洋子氏。
あ「和歌山から来させていただいた、たむらあきこと申します」
あ「先生には、(川柳マガジン)文学賞で昨年は秀逸1をいただいています」
尾「そう、どんな?」
尾「ああ、そんなのあったね」
尾「(ところで)あなたは、時事川柳を詠んでいる? 川柳を詠むなら時事川柳も詠まないとだめだよ」
あ「少しやっております」
昨年は、少々長いやり取り。
あ「いつも(川柳マガジン文学賞に)採っていただいてありがとうございます」
あ「前に先生に1位に採っていただいた知人が言うことに、先生の選後評に問題のある句が(10句中)2句とあったんですが、それがどれなのかなあと。先生に直接伺ったらどうかと言ってみたんですけど、そこまではと遠慮されて」
尾「選者は、採らなかったことに対して、なぜ採らなかったかを説明する義務があるんですよ」
なんとなく、先生がどういう方なのかが分かる。遠方からの参加者に対しては、お土産に小さな箱に入った上等の和菓子を毎年用意して下さっている。その心配り。早速会場でいただきながら当日の句を推敲する。
あ「(話の腰を折ったことへ)先生、ごめん。まだ句をつくってないの。これからがんばらなくちゃならないから」
尾「まだつくってないの? つくらないと駄目じゃないの」
昨年(4月27日)は、先生とのツーショットを一泉氏に撮っていただいた。選を大切に、川柳を大切にされることは前田咲二とおなじ。どこか仙人であることもおなじ。川柳という文芸への厳しさと愛情。
あ「先生のご本(川柳神髄)、勉強させていただきます」
尾「まだないの? 送ってあげようか」
あ「うちの会長が、オレがいなくなったらアンタにあげると言ってくれているから(結構です)」
先生方には、いつまでもお元気で長生きしていただきたいと心底思っている。また今年も表彰句会に行かせていただく。(尾藤先生、ごめんなさい。こんなことを書いてしまって)
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川柳マガジン2月号を読んでいると「柳会ポスト」の中に「川上三太郎から尾藤三柳先生へ」ケンジロウ(静岡)という投稿がありました。「三柳先生自身の意見や他の人の感想をお聞きしたい。」という内容です。
あきこさんはよくご存じなようですので私も感想をお聞きしたいです。
加代さま
>あきこさんはよくご存じ
そんな畏れ多いことはとても申し上げられません。先生は私の知る限りの心ある川柳家のお一人、かつ川柳界の第一人者です。
川柳マガジン文学賞の選後評なども、毎回じっくり読ませていただいております。
周囲の心ある川柳家は、長く川柳界の現状を憂えておられます。その多くは「選」に関することなのですね。
勿論ここでどなたの選が悪いという話はできません。そのことが新人の折角の川柳への志を摘み取ってしまわないかとの危惧。文学賞に応募の作品の質が、そのようなことから文芸の名に値しないものになってきているのかも知れません。
尾藤先生のなさったことは、その危惧に発するものであるとしかここでは申し上げることができません。
おなじ危惧から「咲くやこの花賞」が川柳瓦版の会によって創設されました。公明正大、かつ選者を厳選することに始まっているこの賞が「新人の登竜門」(完司先生)となることを願っています。
思い切った質問をしてすみませんでした。
あきこさんの思いがよく伝わってきました。ありがとうございました。
加代さま
質問をして下さったことで(多くの方々が読んで下さっているので)、納得して下さる方もおられると思います。
そうなれば有難いことかと思います。
また、尾藤先生には立派な選をしていただくことが川柳界のためになりますので、今後ともお願いしたいところです。
尾藤先生ほどの方はなかなかいないと思うんですよね。