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川柳公論の別冊第3号をのぞいている。巻頭に「自画像」(三柳)として、次のことが記されている。
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自画像ほど自分自身から遠いものはない。自画像の自分は、自分から逃避した自分であり、それを見ている自分は、取り残された自分である。わたしは、光と影を自画像と分かち合っているなどと思ったことはない。自画像の存在が確かであればあるほど、わたしは透明化していく。早く言えば、わたしと自画像とは、あかの他人である。だから、わたしはアイツが好きになれない。
アイツが、わたしのいたみなど、知るはずも分かるはずもない。だから、腐れ縁などとは考えたくない。
いたみしか確かなものが無いわたし、いたみがなかったら、どんどん希薄になっていくわたし。そんなわたしのいたみなど、知るはずも分かるはずもないアイツに、わたしは嫉妬しているのだろうか
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川柳マガジン文学賞の今年の結果が発表されてから、聊かの落胆とともに、先生の心の在りようもまた考えさせていただいてきた。先生とは、とくに知己というわけでは勿論なく、そんなことを考えるだけでもおこがましいのかも知れない。ただ、私は先生のことをそういうふうに考えてしまうのだ。

東京まで、川柳公論表彰句会に行かせていただくようになったのは、やはり川柳マガジン文学賞がきっかけである。応募した過去6回に、先生には1位を二回、2位を一回、3位を一回、秀逸を?回頂いている。(応募作品の中では)圧倒的に私の句を認めていただいたと思う。川柳作家にとって、自分の句をふかく理解してくださる方というのは、有難く心の友ともいえる存在。それがたまたま先生であったことは、どんなに有難いことであったか。

今回先生は23句を選んで、あとのことを投げ出されたように見える。23句は佳作としての処理が新葉館出版編集部のほうでされている。その中で佳作1を頂いているのは、やはり今回も先生がまず1位として採ってくださっている。この程度の作品ではいけないという、叱咤と受け止めさせていただく。どういう方向でという示唆がまったくない。途方に暮れている

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尾藤三柳先生の選後感想‥途方に暮れる”にコメントをどうぞ

  1. 加代 on 2013年10月31日 at 9:02 AM :

    叱咤されるだけでは私も途方にくれます~~~。
    しかし、あきこさん深く悩みますねー。これが大きな壁なのでしょうか。ぶち破ってください。

    • あきこ on 2013年10月31日 at 10:39 AM :

      加代さま
      はい。3日から富山へ川柳行脚。これが何かを開いてくれると思います。
      川上三太郎も、恐山を題材に句をつくっていますね。川マガで読みました。いろいろと試行錯誤してみます。

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