(本日の没句)として、句会での没句(自句)をブログに書いてきた。没句の多くはなにがしかの欠点があるが、何故没なのかと思う句もある。選者を責めるわけではない。参考までにと没句を書いたが、それをこのブログの魅力と捉えて下さる方もいる。
「選者の質」が問われだしてからもう長い。もっとも基本的なところが分かっていないと思われる選者が、小集のみならず大会の選者の中にもおられる。ある川柳家などは、参加者千人もの大会の披講の途中、退席して選者の選内容への怒りを表明されたこともあった。その行動を誰もがとくに咎めないのは、その場におられた川柳人の多くがおなじことを考え怒っていたからにほかならない。
(本日の没句)を再開するのは、選について考えていただきたいということが勿論ある。先に記したように、選者を責めるのではなく、参考にしていただくということ。選者が誰だったかなどの詮索は無用にしていただきたい。しっかりした選者でも、好みでない句は落とすだろう。選をする方、選を受ける方の両方の参考になるよう、没句(自句)の添削も併せて試みたいと考えている。
推敲の時間が足りなくて躊躇しながら締切ぎりぎりに出した句が、綺麗さっぱり没にされたときのすこし苦い爽快感。そのときの選者への敬意と安心感(句が柳誌に残らない)は川柳を書く者にとっての醍醐味と言ってよい。
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川柳はどこまで行っても大人になれない。どこまで行っても堂々巡り。250年前から囁かれる選者論。選者に対する同じような呟き(批判)が30年前の川柳の冊子からも剣花坊の選からも聞かれます。川柳(選者)の質を上げたいなら、① 川柳という名称を変えること。 ② 200人を超える句会をしないこと。 ③ 選者資格制度をつくること。④ 経済面を考えない結社であること。 ⑤ 何を基準にいい句悪い句を分けているのか。などなど。
結論ー自分の好みの句会だけ出ること。私はそう決めています。
『辞書を開いて作句するのは、金のかからぬボケ防止』
読み手、聞き手、作り手の質向上にやることはいっぱいあります。
ここに没句を載せるのも一つかも知れませんね。
りょーみさすけさま
体調はどう。
文芸未満の川柳が跋扈している。
どの句会にも敬意を込めて行かせていただくのは、自分が「井の中の蛙」にならないため。
あきこは行(ぎょう)のようなものですから。
結局は広いフィールドの中の、自分に合った句会で楽しむしかない。そのとおりですね。
それにしても、選者によっては《……まだ未完》という句を入選させるんですからね。(笑)
こんばんは(^^)
りょーみさすけ様の書かれていらっしゃることに頷いております。
大会によって色々な環境があり、選者には厳しい環境が多いように思います。私も地元の大きな大会の選者を何度か努めさせて頂きましたが、読み込む時間が足りないことがほとんどで、気持ちよく選ができたことはあまり無いように思います。
伊東志乃さま
1句を2秒くらいで判断しないといけないので、結構選はきついですね。
リアル大会の選のときは、1回しか読めないことが多い。時間切れにならないようにするには、工夫が要ります。
川マガ文学賞、がんばりましょう。
柳都の大会に行くかやめるかで悩んでいます。事前投句もしていないんですが。なんとなく忙しいのよねー。(TT)