
獏のされこうべを満月が洗う たむらあきこ
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上記の作品は、3年前、「咲くやこの花賞」の板野美子選「美しい」で、「天」に採っていただいたもの。選者も、「獏(ばく)」という生き方を充分肯定しておられるわけである。
川柳を詠む「獏」として、後半生を生きている私は、いわゆる孤独死もぼんやりと覚悟している。独り棲(す)むとは、そういうリスクを常に抱え込むことなのだ。
誰しもそれぞれの生の延長線上に死があるわけで、早いか遅いかの違いだけである。それぞれに死への覚悟があり、それゆえに今生(こんじょう)に出合う桜は美しい。願わくは、静かに痛みのない最期であるように。
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僕は完司さんのこの句をはじめて読んだ時、白血病で亡くなった歌手の本多美奈子を思い出しました。彼女の闘病生活、言葉など、勇気のあるものでしたね。本当に彼女は美しく、美しく天に召されていきました。
ところで、アラームを設置していないところで、アラームが鳴り出した経験はありませんか? 僕はあるんです。
りょーみさすけさま
アラームの件、この世の持ち時間が終わった?という、あの世からの目覚まし時計の音だったのかも。(なんちゃって)
生きているんですから、そういうことはないですねー。(笑)
本田美奈子さん、あの素敵な声を、ユーチューブでときどき聴いていました。
《あきらめたとき美しくなるこの世》。完司先生のこの名句は外しました。(ゴメン)
また別のところで書きます。
獏のされこうべを満月が洗う
私がこの句を云々するにはまだまだ修行が足りません。
「獏」とは何者なるぞ。広辞苑には
ウマ目。1属4種。体長1,5~2m。ずんぐりして四股は長 くない。うち3種は絶滅危惧種。
中国では想像上の動物。形は熊。目は犀。脚は虎(他略)。人 の悪夢を食う。その皮を敷いて寝ると邪気を避ける。
とある。
先生が「獏」として後半を生きるとは上記のうち≪川柳の悪夢を 食う≫でしょうか。それとも≪川柳の先生流が絶滅危惧種≫?
獏は食べた悪夢のため終わりはお腹が痛くなるそうです。
孤独死は物理的には健康な独り住まいの人に多いそうです。どう ぞ先生、その時が静かであるために獏にならずにどうぞ今までのよ うに心の広い川柳をお続けください。
AJJさま
獏のされこうべを満月が洗う
句意を書きます。
「獏」は私のこと。「(悪)夢を食べて生きる」獏は、川柳(なんか)を詠んで生きている私のようだと。世俗から離れたところで、ふわふわと生きているわけですから。
そんな「獏」の行き着くところは、野末に転がる「されこうべ」。自分の行き着くところとして詠んでいます。
そういう、どうしようもない「獏」を、満月がやさしく見守ってくれている、受容してくれている。
そういう句です。
私は既に「獏」なので、「獏」にならないようには出来ません。「獏」であることにいささかの自負はあるのですよ。
山頭火も、西行も、身近にいらっしゃる川柳作家のみなさんも、立派に(?)「獏」なんですよねー。
コメント、ありがとうございました。
わざわざお応え頂いて恐縮です。ありがとうございます。
先生が「獏」であることに自負と確信をお持ちであること敬意を表します。私めも及ばずながら「獏」に近づけるよう川柳を嗜みます。「獏は死ななきゃ直らない」と言われてみたい。
したが先生、この世界にも「獏」ならぬ「鵺」もいるやに聞いています。いるとすると彼と満月は似合いませんよね。
AJJさま
「鵺」ですか。いるかも知れませんね。
相手にしないことですねー。一冊の句集を出すと、そういう方は丸分かりですね。句集にその方のすべてが凝縮されて出ます。
川柳は(も)、自分との闘いです。
おたがいにがんばりましょう。