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   もう、体調でも、年齢的にもあとがないということで、この度決心して世界一周のクルーズ船に乗ることになりました(申し込み済み)。なにを詠むか、詳しいことはこれからじっくり調べ考えることになると思いますが…。なにぶん100日を超える長旅になるということで、まず体調ですよね。

 すでに『たむらあきこ吟行千句』を数年前に出版しておりますが、この句集ではほとんどが日本国内での吟行。国外はわずかにインドと台湾だけなのね。吟行というかたちでどれほどの句が詠めるか、これからの勉強にかかっていると思います。

 予習が過ぎると、こんどは先入観に支配されてよい句ができないので。そこがむずかしいところなのね。足がよくないので重いものが持てないし、最低限の手荷物で、帰りには捨ててより身軽になって帰ろうと思っています。100日を作句に没頭しようと思っております。下記は『たむらあきこ千句』と『たむらあきこ吟行千句』への松橋帆波先生の書評(読みやすくするため段落を付けさせていただいています)


「句集燦々File.011」(川柳マガジン)より転載
画像-0057か たむらあきこ川柳句集「たむらあきこ千句」

  人間の砂漠ににんげんを咲かす
 美味なるものは身体に良くない、というのが相場だ。ウニ・イクラ・オオトロetc. 日々大量に摂取すれば、確かに身体に悪い。だが美味い!「たむらあきこ千句」は「美味」が千句詰まっている句集である。寝食を忘れて没頭させられてしまうのだから、身体に悪い(笑)。

 たむら氏の視線にあるものは「死」である。様々な「死」という存在を肯定するからこそ見えてくる「生」の輪郭。これが「たむらあきこ川柳」の真骨頂である。この世に恐れ慄く存在などありはしない。全ての事共が存在することへの敬意が、誰も見たことがないレリーフを浮かび上がらせるのだ。


(川柳マガジン10月号(2023)「句集燦々」より、『たむらあきこ吟行千句』書評。)

 このいまをあがき切ったら過去になる
 膨大な過去の伝わり方の上に生まれ、未来における今日を言葉で描く人物を「作家」という。たむらあきこ氏は「作家」である。本作は世紀を超えて人の手に取られる一冊。短詩文芸。韻の文芸、七五調を使わせていただいている文芸。それ以前、それ以後、作家の内在律によって綴られている文芸。膨大な句のオーラ。

 たむら氏の内在律に読者が同調していく過程で、句を読む声がたむら氏となり、身体的存在感が氏と重なってゆく。句となってゆく。彼女が訪れた場所に、訪れたことのない読者が佇む。この感覚にデジャヴはない。即ち、唯一無二の「作家」による一冊。卵割からの歴史をきのうと詠む作者。ぜひ数多の人々に届けたい。

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