大正三美人とは、大正時代に美人といわれた3人のこと。そのうちの一人が写真の九条武子なのね。(1887年 – 1928年、旧姓・大谷武子。京都西本願寺・大谷光尊の二女として生まれる。才色兼備の歌人として知られた。)
武子は何もかも揃った才色兼備だが、佳人薄命といわれる通り長生きはしていない。うっかり(ありがたく?)長生きをしてしまいそうな我われは、もはや佳人薄命と言われる(言ってもらえる?)ことはない、笑。
老年になった、これからのこころの持ちようということを考えてみると。生き甲斐とは、生きることに意味をもたらす何かがあることにより、自らの生に意味があると感じられることよね。一般的には、老年期は盛りを過ぎ、多くのものを喪失する期間とのイメージがある。しかし、現実には高齢者の多くが自己否定感などに苛まれることもなく日々を過ごしている(ようにみえる)。穏やかに自身の老いを受容できるのは、たぶんそれぞれの生き甲斐が、喪失感への拮抗因子となっているからなのね。
孫の成長が生き甲斐だった場合、孫がおとなに近づくにつれて自分の役割は減少していく。そうした生き甲斐は喪失と隣り合わせなのね。歌人武子がもし老年を迎えていたとしても、生き甲斐はたぶんそのまま歌だろうから、喪失の懼れはない。むしろ老年になれば老年にしか詠めないよい歌が詠めるのね。歌が裏切ることはない。またどこにいてもできるということで、たとえからだが不自由になっても、歌が支えてくれるのね。
森中惠美子先生に大会で秀句に採っていただいた句に、《老人になってゆくのも役だろう》がある。ほか《さみしいと書いてよけいにさみしくなる》、これは番傘川柳本社句会での秀句。先生はどういう句をよいと思っておられるのか、見えてくると思うのね。(女王と称えられる惠美子先生の秀句に採られるのは、川柳人にとっての栄誉なのね。) 本日のブログのタイトル中の句《杖ついて生きる姿も美しい》はたまたま開いた先生の句集『ポケットの水たまり』の中の一句だが、しみじみと共感できるのね。
老年になり、佳人薄命と言ってもらえる希望(、笑)がなくなった我われは、できることなら佳人長命と言われるように生きねばならなくなった。なにぶん平均寿命が87歳を超えているのである。惠美子先生もトシには勝てず腰は曲がってこられたようだが、むろん川柳という大きな生き甲斐がある。こうした生き甲斐があるかぎり、老年を迎えることを恐れることはない。一つの道を貫徹した老年は美しい。
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