2021年11月9日6時3分、心不全のため京都市内の病院で死去。99歳没。訃報は同月11日に公表された。法名は「燁文心院大僧正寂聴大法尼」。亡くなる約1か月前から体調不良のため、入院療養していた。日本国政
府は死没日をもって従三位に叙した。12月9日、寂庵で「偲ぶ会」が行われた。(Wikipediaから、一部)
あきこと瀬戸内晴美との出会いは『美は乱調にあり』から。たちまち彼女の文才の虜になったのね。下記は、寂聴さんのことば。
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Σ人は、人を愛していると思い込み、実は自分自身だけしか愛していない場合が多い。
Σ愛する者の死と真向きになったとき、人は初めてその人への愛の深さに気づきます。
「私の命と取り替えてください」と祈る時の、その純粋な愛の高まりこそ、この世で最も尊いものでしょう。
Σこの世は変化するものだと思っていれば、どんな事態に直面しても度胸が据わります。
孤独の問題も同じです。
お釈迦様は人間は一人で生まれてきて、一人で死んでいくとおっしゃいました。
最初から人間は孤独だと思っていれば、たとえひとりぼっちになったとしても、うろたえることはありません。
Σ悩みから救われるにはどうしたらいいでしょうという質問をよく受けます。
救われる、救われないは、自分の心の問題です。
とらわれない心になれば救われます。
Σ人生にはいろいろなことがあります。
しかし、悲しいことは忘れ、辛いことはじっと耐え忍んでいきましょう。
それがこの四苦八苦の世を生きる唯一の方法ではないかと思います。
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あきこ様 「和顔施」素敵な言葉を教えて下さり、本当にありがとうございました。
今年、大切な人の訃報があり、とても辛い年末でした。でも「和顔施」の言葉を知り、元気にならなければ、と素直に思いました。
90歳になる叔母は、いつもにこにこしていて愚痴を言う事はありません。ファンが多く、一人暮しの家にいつも差し入れをする人が訪ねて来ます。その叔母はまさにいつも「和顔施」であると気付きました。私も何歳になっても和顔施が実行できれば、豊かな老後が過ごせるかも、ですね!ありがとうございました!
井手ゆう子さま
いい言葉ですよね。
寂聴先生、さすがにいくつも名言を遺しておられます。
ところで。
そろそろ短句をどんどん詠んでまいりたいと思っております。
『たむらあきこ川柳吟行千句』がまだ三校待ちなので、再来年の出版に間に合うかどうかは分かりませんが。
千句を遺すためには一万五千句から二万句は詠まないといけないので。
そろそろ、せっせと「吐いて」いかないと、笑。
ということで、川マガの「十四字詩」にもたまにおじゃましようかと思っております。
どうぞよろしくお願い申し上げます。
ではまた~。
あきこ様
十四字詩、関西では短句なのですよね。
たった十四字で歯切れの良い句、私は気に入っておりますが、「川柳ではない」のお考えの方も多いようですね。あきこさんから戴きました「たむらあきこ千句」の句集には、素敵な十四字詩が多くあり、随分刺激を受けました。
一話完結風のからくり
境を往き来せまる終焉
川柳マガジンの十四字詩の選者は、私は降りまして、森吉留里惠さんが引き継いで下さる事になりました。留里惠さんも大変にセンスの良い十四字詩を作られます。マガジン誌上がまた楽しみになりました。
井手ゆう子さま
降りられたのですか。
それは、ざんねん。
とても残念。
もっと早く出していればよかった、…。
短句は、いちばん(あきこには)詠みやすいので。
千句くらいはあっという間にできると思うのです。
『たむらあきこ川柳短句千句』、ちょっと先の話ですが。
そのときは、貰ってやってください。