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 ひょっこり、なんといつもわたしの座っている位置の左50㎝ほどのところ、折りたたまれたファイルのなかから聞き書きのメモは出てきた。そのあたりを片付けようとして、偶然見つけたのね。

 なつかしい達筆で「たましいのうた」と、縦書きと横書きで書いてある紙も一緒に入っていた。(最終的に「たむらあきこ千句」としたのだが、その前は「たましいのうた」が句集の表題の候補だったのね。先生は、表題の字をためしに書かれたのだろう。)「H.26.4.21」とメモの左上に記しているから、瓦版校正会の帰りなどに寝屋川市駅周辺でコーヒーを飲みながらお聞きしたことをその場で記したものだったか。

 さがしても出てこなかったメモが、いまになって出てくるとは。そういえば、上の写真もパソコンのpictureを開いてたまたま拾ったのだが、ぴったり「H.26」の写真だったのに驚いた。先日夢に出てこられたことといい、偶然と言ってしまうにはあまりにも不思議。来年『前田咲二川柳千句』の出版を控えているので、天国からちからを貸してくださるつもりなのか?『前田咲二川柳千句』のあとがきにメモの内容を付け加えることにする。

 先生は、句集を出されるおつもりだったので、メモを取ったのね。監修をあきこに任せるつもりで、「(句集は)二百万円ほどかけて(川柳に)俳句も短歌もいっしょにして出す」とおっしゃっていた。どういうわけかさいごに「(句集は)出さん。もう言うな」とおっしゃったのね。あきこは、先生のおっしゃることを聞かなかったわけです。下記は、メモ(ママ)から。一部省略。「スミ、済み、済」とあるのは、メモの内容に間違いがないか、口頭で先生のチェックを受けているのね。(※:あきこ注)
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H.26.4.21          (※先生に確認⇁)スミH.27 7/21
高浜虚子、高野素十、阿波野青畝(俳人として尊敬)
佐藤佐太郎(歩道)(歌人として尊敬)
川柳は尊敬している人とくにない 好きな柳人、森中惠美子
60歳(よみうり時事川柳)で始める
中島弘風(番付表) 平成6年から番傘へ行きだす(平成8年から番付表)
東が西より上(3回〇〇横綱)
かたおかつとむ⇁物種ただのぶ(途中)

新宮中学(39回生)
S.18.12.1(江田島海軍兵学校)同期3,000人 同期生存率40,8%
下里(しもさと)生まれ(和歌山県東牟婁郡下里町)太田川川口(佐藤春夫の生家)1㎞くらい離れたところ

H.26.5.13
川柳家は皆同輩 中尾藻介の句が好き(さらっとして深い) 幻四郎も藻介が好き
小4からホトトギス(花鳥諷詠、自然を詠む)
時事(※川柳)も客観的に詠む 藻介の句に似通っている
佐藤佐太郎(短歌)ホトトギス的(歩道)にはいる S.35~S.40 大阪の歩道短歌会

(楽しかったこと) 兵学校の厳しさもまた楽し
(満十九歳から)母親ときょうだい三人を養った 姉、妹、弟(小5で交通事故死)チェックスミ H.27 10.21

T.15.10.15出生 和歌山 下里町(今は那智勝浦町)の自宅
本家(ほんや)隠居(2分家)
父は次男
姉 作自 妹 弟
(※父は)銀行員(M.32生)南海銀行 42歳没
(※作自が)中学生(新宮中学)のころ父逝去
母(看護師(※助産師))(田原に住んでいた)
父 軍隊(和歌山聯隊) 上等兵 (星三ツ)
小学校 6歳の頃 奈良県(河合)北山支店に転勤 父 糖尿 古座支店(小1~小4、古座小学校) 5年で新宮市、千穂(ちほ)小学校)

7/15
小 古座小学校4年まで 作自
剣道(新宮中学)5年間 14歳 初段まで
俳句 小4から
短歌 S.35年から(アララギ・斎藤茂吉)終戦後から短歌をしている
土屋文明の選
咲き満てる桃をくぐりて往き来する財産調査カードを開きて⇁はじめてアララギ入選
「熊野吟社」(俳句)編集(20歳)平松いとど(カマドの馬)
高浜虚子(カゴに乗って那智の階段をのぼる)ホトトギス、子規の弟子
父、芋仙さんはホトトギス 42歳で没(銀行員)  済(↽※先生への確認済み)

高浜虚子の写生 小五(12歳)から句会へ行っている 熊野吟社(俳誌「熊野」) 新宮市
佐藤春夫と郷里が同じ(下里) 今は なちかつうら町下里 済み(↽※先生への確認済み)

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