明治から大正にかけて、恋愛結婚が理想的なものとの認識が広まったらしいのね。大正時代には恋愛結婚をしたい女性と保守的な親とのあいだで葛藤がおこることもあったという。現代はそういうことはほぼなくなったが、やはり相手にもよるだろう。
恋愛はふつうの男女であれば誰でもできる、否すべきものだという風潮が戦後広がったのね。現代では親の意向にもとづいた見合い結婚はほぼ無くなり、恋愛結婚が大多数となったのね。また見合い結婚であっても、本人の意向が最大限尊重される。
このような社会状況のなか、恋愛や性交渉を経験したことがない中年層が増加しつつあるというのね。男性が女性に興味を示さなくなり(現実の女性というのは、恋愛の対象にするほどの価値はないと判断するようになった?)、「草食系」ということばでそうした男性が呼ばれるようになったのは、もう十年以上前よね。
恋愛離れが叫ばれるいま、原因として、社会情勢の変化による非正規雇用の増加などが挙げられている。年収の低い男性は自己肯定感が低く、自分から女性に声をかけようとしないといわれるのね。女性は出産を考えるとある程度収入のある男性と結婚したいと思い、また相手に完璧を求めるため、恋愛や結婚に慎重にならざるを得ない。
ここで自身をふり返って考えると。わたしは学習塾を開いていたので、また人生をどう有意義にデザインして生きようかと考えていたので、早い結婚は望まなかった。二十代後半で、出産のこともあるしと結婚を決意したのね。
おなじ学習塾経営者ということで、紹介されて会ったのね。いろいろと思うところはあったが、「(もうほかの人を探すのは)あきらめてぼくと結婚して」ということばで決めたのね。元学生運動の闘士ということだったが、当時はそういうことも魅力の一つと思えた。収入はあるし、新築の家はあったし、条件はほぼ整っていたから。
いろいろあって短い結婚生活で終わったが、とくに後悔はしていない。いまは自分の時間がたっぷりあることが何よりありがたいのね。川柳界にも、作品を通じてなんらかの貢献ができるかもしれない。これからは、男性も女性も自分の人生をたいせつに自己実現できる社会であってほしいもの。
一緒に暮らしてみれば、理想の男性も理想の女性も、たぶんいない。相手の考え方や行動を変えることはむずかしい。どこで折り合いをつけるかである。よい男女の定義も、社会によって理想とされていたものから、本音でよいと感じられるものへと少しずつ変わっていくのだろう。
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あはははは。
タイトルがイケテますね。
アップを楽しみにしております。
江畑 哲男さま
ゴメンね~。
いつもタイトルだけ先走って。
おかげで、再訪問しないといけないハメに。(;)
“怒!”ですよね、ふつう。
このコメント欄を借りて、みなさまにお詫び。(__)
なぜそんなことをしているかというと。
タイトルを先に出すことで、「(タイトルを書いちゃったから、必ず)書かないといけない」と自分にプレッシャーをかけるのね。
それで、ほぼ毎日更新できているというところがあるのです。
ま、言い訳ですが。
怒らずに、再訪問をお願いいたします、みなさま。 メン(__)ゴ~