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 川柳とは、ひと言でいえば五七五で〈にんげん〉のこころを詠み、また人や社会を風刺する口語の詩。十七音は、俳句とともに世界で一番短い詩形。表現は俳句のように堅苦しい文語体ではなく、我われがふつうに話したり書いたりしている口語体が主体。俳句に比べごく自由、前時代的な切れ字や、季語という約束事がないのがよい。

 俳句のテーマが(〈にんげん〉を含めた)自然であるのに対し、川柳のテーマはあくまで〈にんげん〉が中心。俳句も〈にんげん〉を詠むが、つねに自然との関わりにおいて詠まれている。これに対し、川柳は〈にんげん〉そのものをあらゆる角度から観察して詠む。現代川柳では、自身のこころの奥底までも探求して詠む。俳句は自然をありのままに詠むが、川柳は〈にんげん〉の真実を追求している。(尾藤三柳先生が川柳は俳句より上とおっしゃったのは、たぶんここなのね。)

 川柳を〈にんげん〉を詠む詩であると答えるとき、その範囲は無限の広がりをもっている。川柳にはまさに〈にんげん〉の百態を見ることができる。〈にんげん〉の多様性を描く川柳では、同時に漢字・かな・外来語ほかが使え、また横書きもできる。その伝達も、ネットに至るまで時代に対応している。その内容はともかく、これからの時代にふさわしい文芸であるといえるだろう。
 
 「穿(うが)ち」「おかしみ」「軽み」を一般に川柳の三要素というが、これは古川柳から川柳味といえる要素を後に抽出したものなのね。この三つの要素は現代川柳においても重要だが、それがすべてということではない。いまは「詩性」などの要素も重視されているのね。最近の俳句はしきりに〈にんげん〉を詠むようになったが、川柳のほうも自然を取り込むことが少なくない。
 
 わたしが選者をしている「しんぶん赤旗」は、俳句や短歌に比べ圧倒的に川柳の投句が多いらしい。時代的にも、この傾向は当然のことに思える。あとは質的なことが問題になるだけだろう。文芸川柳としてどれだけのものを質・量ともに残せるか、川柳という文芸のこれからはそこにかかっている。
 
 我われの時代の「いま、生きている」ことばをつかわない短詩型文芸に未来があるとは思えない。俳諧における芭蕉のような天才の出現が、川柳の位置を高めることになる。我われ川柳人も努力が必要ということだろう。
 
(※本日の『前田咲二の川柳と独白』、売上ランキング3位(実質1位))
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  1. 山田とく子 on 2021年2月10日 at 9:09 AM :

    おはようございます。
    コロナ過で心身を病んでいる方が多い昨今です。このような時こそ川柳に思いの丈を込めて詠むといいのではと考えます。私は若い頃は日記に心を吐き出していましたが、今は川柳の中にそれとなく詠むことにしています。(誰も傷つけないですから)文芸と言える川柳を詠むことが出来るよう精進したいと思っています。

  2. たむら あきこ on 2021年2月10日 at 10:21 AM :

    山田とく子さま

    センマガ2月号、クラブ誌上句会「薄味」に入選しておられましたね。
    《思いやり込めてコーヒーアメリカン》
    じゅうぶんに上手いです。

    >文芸と言える川柳
    あまり力まずに、長く続けて下さい。
    おたがいに川柳にちからをもらって、元気に生きてまいりましょう。
    川柳には、それだけの魅力があります。
    人生の支えになってくれると思います。
    頑張ってね!

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