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Susan Boyle.jpg 川柳など文芸は、当たり前のことだが、自身の内面を表現するもの。自身の世界観や経験値、俗に人生哲学といったようなものが反映される。絵画や演劇などにおいて、描く者や演じる者の経験や思考が芸術に深みを足すのと同じように、作品に独特の境地を付加する大きな要素になっているのである。

「うた・歌う」の語源は、折口信夫によれば「うった(訴)ふ」であり、歌うという行為には相手に伝えるべき内容(歌詞)の存在を前提としていることもまた確かである[6](Wikipedia)

 スーザン・ボイルの歌は折口信夫のいうように、まさしく「訴える」歌だろう。

徳江元正は、「うた」の語源として、言霊言葉そのものがもつ霊力)によって相手のに対し激しく強い揺さぶりを与えるという意味の「打つ」からきたものとする見解を唱えている](Wikipedia)

 多くの人々がその歌声に感動し、こころを震わせたということは、訴えるなにかが届いたということ。しかし、なんど聞いても涙がでてしまうというのはどういうことだろう。 なにが触れてくるのだろう。こういう鳥肌が立つような歌唱を聞くことはめったにない。

 我われの川柳も当然人のこころにどれほど届くかということが問われるわけだが。上記の、言霊が読者のたましいに揺さぶりをかける、そのような川柳を目ざすべきだということだろう。スーザンのように、自身の過去の痛みも歌声にのせて訴えるちから、この言霊のちからこそが我われの川柳にも求められるのではないか。

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