『誹風柳多留(はいふうやなぎだる)』は、江戸時代中期から幕末(1765–1840)までほぼ毎年刊行されていた。単に「柳多留」とか「柳樽」と呼ばれることもある。167編が刊行されているのね。
創始者は柄井川柳(からいせんりゅう)と呉陵軒可有(ごりょうけんあるべし)。柄井川柳が前句附興行の万句合で選んだ句から呉陵軒可有が選考したのね。167編の中の評者や序文の筆者には、十返舎一九や葛飾北斎もいる。柄井川柳の号である川柳の名はいまも宗家として代々受け継がれている。
古川柳とは、どのような句か。下記は、誹風柳多留の中の代表的な句。
寝ていても団扇のうごく親心
役人の子はにぎにぎをよく覚え
本降りになって出ていく雨宿り
どうですか? 名も無い民衆の工芸である、素朴な民藝品の味わいにどこか似ているとは思われませんか? 古川柳、江戸時代の「無名性の文芸」の川柳とは、こうした味わいのものなのね。上はわずかな例だが、古川柳の一端はうかがえると思う。しかし複雑な現代社会に生きる我われの詠む川柳は、もうこの段階にはとどまれない。古典としてふりかえることはあっても。
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