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 以上、五点上げたが、これらに対してどうすべきか。
 第一に対しては、現在歴史的に見て、おそらく今が一番川柳人口の多いときではないかと思われる。理解者を得る土台が今出来かかっていると言えるだろう。現在の川柳界の対処によって、かなり理解者や実作者人口の未来は変わってくるように思われる。
 第二は、これは川柳の文芸として持つ性格である。しかし、この表現も古川柳時代、明治の新川柳改革後、現代川柳と時代が進むにつれて、多様・多彩化され、作品も重厚になって来ている。
 ・屁をひっておかしくもない一人者          古川柳
この一人者に対する孤独感、淋しさは、おそらく作者が若い時の姿を思いだして詠んだもののように思われる。そして、その思いはけっして今もなくなってはいないーーという作者のほろ苦い思いを一句にしたものであろう。表現は卑近であるが、その内容はなかなか深い。この卑近さが川柳の誤解を生む点にもなっているが、同時にここが川柳の生命であり原点であるといって良いと思う。
続きは次回

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