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 コスモス(宇宙)というようなものに興味をもったのは十代の初め頃だったか。勉強ができてずっと学級委員などもしているが、なんとなく周囲から浮いているような少女。そんな感じだったかも知れない。よく一人で人のいない川原などを歩いていたりしたのね。

 あるとき、自分が自然としだいに一体化していくような感じ、吸い込まれていくような感覚があって、その状態がそのまま〈生きている〉ということのように感じられたのね。そのときほんとうに幸福で、完全でかつ満ち足りているような気持ちになれた。その経験が、数十年を経て現在の川柳の一人吟行につながっているのかも知れない。

 周囲のふつうの賑やかな少女たちへの違和感のようなものが行き着いたのが、「自分はひょっとしたら死にたい(還りたい)のかも知れない」という思い。いま吟行先の各地で自然と向き合うとき、雑踏の中にいるときすらも、わたしの中でだんだん生と死は密接不可分というようになってきたと感じてしまうのね。

 わたしが吟行で句を吐いている(むかしは、句を「吐く」と言ったのね)とき、すぐ横にあの世への入口があっても驚かない。そうした状態、感覚で一時間に数十句もの川柳を吐き続けているのです。間違いないのは、その状態がわたしにとって〈幸福〉だということ。続く長い推敲の時間すら〈幸福〉の尻尾を引きずっているのですから

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