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 鎌倉時代以降の禅宗の流入はとくに精進料理の発達をうながしたとか。
 曹洞宗では、開祖の道元禅師が宋に仏教を学びに渡った時、阿育王山の老典座との出会いから、料理を含めて日常の行いそれ自体がすでに仏道の実践であるという弁道修行の本質を知ったことから、料理すること、食事をとることはとくに重要視されている。道元が帰国後書いたのが、『典座教訓』(てんぞきょうくん)と『赴粥飯法』(ふしゅくはんぽう)。永平寺では料理の支度が修行のひとつであり、庫院(調理場)の責任者である典座は、重役の一員に数えられている。(Wikipediaから抄出)
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 金剛三昧院からの帰り、昼食に立ち寄ったのは 総本山金剛峯寺御用達の高野山料理店で、明治初期創業という 花菱(はなびし)。「三鈷膳(さんこぜん)(2,160)(写真)をいただいたのだが、泊まっていた宿坊とは違って料理に細やかな技とでもいうべきものが込められていた。(宿坊の料理もそれなり、不味いわけではありません) あきこの昼食代にしては高いのですが(笑)、値段以上の料理ということはまちがいないので、この店を次回もつかわせていただくことに。高野山で何より美味しいのは、やはり 胡麻豆腐。宿坊でも、手作りの 胡麻豆腐は最高の美味だった。(写真右:上の料理に、ちいさな茶菓子と食後のデザートがつくのね♪)

続きは次回

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つづき‥いまに残る中世、金剛三昧院~花菱(昼食)~金剛峯寺”にコメントをどうぞ

  1. 江畑 哲男 on 2018年8月20日 at 11:17 PM :

    けっこう、美味しい精進料理のようですが、……。
    小生がその昔、永平寺に泊まったときは最悪でした。
    マズイ、酒抜き、修業付き(たしか4時起きだったかな?)。
    高野山って、ずいぶんトレンディーなんですね。
    ビックリしました。

    • たむら あきこ on 2018年8月21日 at 7:37 AM :

      江畑 哲男さま
      高野山は、こう言っちゃなんだけど。
      商売気があるのね。
      昔から、ちょっと俗っぽい。
      鶯谷には、むかし遊郭もあったとか。
      下僧と蔑まれた高野聖1,300人ほどが信長に殺されたという歴史もあります。
      すべて含めて人間の歴史なのですが。
      世界遺産になったときは、びっくりしました。(笑)
      宿坊も、その辺のホテルより高いですよ。
      一泊二食で1,0800円、そのあたりがいちばん安いくらい。(54,000円くらいのところもある)
      永平寺とは、ずいぶん違うでしょう。
      永平寺には、二回ほど行きましたが。
      観光か、そうでないかの違いで行く場所が異なるのでしょう。
      もうずっと前に、高野山で俗化していないのは円通律寺だけと書かれているのね。
      だから、円通律寺付近を彷徨して吟行しようと思ったのです。
      でも、まあ、よかったですよ。
      あと三回ほど行って、しっかり詠んでまいります。

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