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画像-0082龍馬像

竜馬の横顔坂本 龍馬(さかもと りょうま、天保6年11月15日 -慶応3年11月15日)は、江戸時代末期の志士、土佐藩郷士。通称は龍馬。裕福な商家に生まれ、脱藩した後は志士として活動、貿易会社と政治組織を兼ねた亀山社中(後の海援隊)を結成。薩長同盟の斡旋、大政奉還の成立に尽力。大政奉還成立の1ヶ月後に近江屋事件で暗殺された。享年33歳。
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 20日。MY遊バス乗車券を購入、はりまや橋観光バスターミナルから桂浜まで。どこを歩くにも昭和35年のペギー葉山のヒット曲「南国土佐を後にして」を口ずさんでしまう。
南国土佐を 後にして
都へ来てから 幾歳ぞ
思い出します 故郷の友が
門出に歌った よさこい節
土佐の高知の ハリマヤ橋
坊さんかんざし 買うをみた

月の浜辺で 焚火を囲み
しばしの娯楽の 一時を
わたしも自慢の 声張り上げて
歌うよ土佐の よさこい節を
みませ見せましょ 浦戸をあけて
月の名所は 桂浜

国の父さん 室戸の沖で
鯨釣ったと 言う便り
わたしも負けずに 励んだ後で
歌うよ土佐の よさこい節を
言うたらいかんちや おらんくの池に
潮吹く魚が 泳ぎよる
よさこい よさこい
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 「南国土佐を後にして」は子どもの頃からどういうわけか聞き覚えていて、ふだんも口ずさむことがある。桂浜へはこの歌に惹かれて来たようなところがある。坂本龍馬銅像は昭和3年に建てられたものだが、平成11年に修復されている。袴にブーツを履き、懐手。脱藩した龍馬が故郷に帰ってきた時に降り立った浜が桂浜と言われている。銅像は5.3メートルだが、総高が13.5メートルもある。見上げると龍馬の風貌がじつに魅力的。この像は高知県出身の彫刻家本山白雲の作だが、龍馬への尊敬と愛情がなくてはいくらモデルとなった写真があったとしても、この憂国の表情は刻めないだろうと思われた。(じつは、龍馬のこの顔はあきこ好みなのね~♡)
 訪れる人や土地の人の龍馬への敬慕を、至る所で感じる旅だった。結局計算ではない、命を賭するほどの志のあるところに人はついてゆくということか。龍馬の大志

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