目がよくないので、活字を追うことは最小限にとどめているが、久しぶりに川柳マガジン6月号の「川柳総合文化論⑮ 川柳の領域 (尾藤 一泉氏)」を読ませていただいた。下記は、読みながら傍線を引かせていただいた部分(無断で抄出、お許しを)。川柳に関心をもっておられる方のご参考まで。
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…三柳が、「サラ川や時事川柳が川柳の受け皿としての位置を確立した今日、川柳界は自らの在り方をもう一度問いなおさねばならない」と…
… まだ寝てる帰ってみればもう寝てる 遠くの我家
は、「まだ」と「もう」だけで作者の背景を感じ、その心理にまで迫りうる名句だと思います。…
…川柳は、前句付万句合(まえくづけまんくあわせ、あきこ註)という「遊戯」的な興行に端を発し、呉陵軒可有編の『誹風柳多留』の刊行によって独立十七音としての文芸形式を確立…
…川柳も変容してきています。その本質は、人間を直接見詰め描いた詩であること、ユーモアやウイットという笑いの背後には、共通してアイロニーの視点を持ってきたことがあげられます。…
…サラ川などが台頭した時、川柳界の川柳は、残念ながら一般社会の興味から遠くなりましたが、このブームに便乗する形で、本家の川柳界が表舞台に顔を出すチャンスとしなければならない…
…吟社には、いいところがあります。地域の同好の団体として、川柳という共通文化をとおして、人と人が繫がり集まる手段の一つとして確立されている…
…ひとたび川柳に嵌ると、その作者自身の深さまで作品を深めることのできる文芸でもあるのです。…
…作者個人の「表現」として、川柳を用いる道です。俗に言う「創作」(単なる課題の無い自由吟にあらず。作者の内なる表現、作者自身の表現のこと)…
…「個への共感の世界」があります。…
…サラ川は、古川柳に似た「アノニミティ(無名性)」の文芸…
…古川柳では、客観的な視点のみが表現の対象です。…
…それに比して、時事川柳は批判的な視点を持ちます。権力など上方にあるものを見上げて、引き摺り落とすのが諷刺です。これも客観的視点に入ります。
…作者を中心に、背中側の少し暗い部分は、作者の内側の世界で、これを外から見ることはできません。
この部分を表現したのが明治以降の〈主観川柳〉で、「新傾向川柳」や「新興川柳」の中で試みられ、戦後の「現代川柳」では、大きな川柳の勢力となりました。
明治以降、川柳は見えるものも見えないものも、三六〇度の視野を獲得したのです。
サラ川は江戸川柳と同様、客観的視点の中で、自嘲も含めたやや下方を見詰めた笑い…
…川柳には、ほかに誇れる多くの文芸性の領域と文化的広がり…
…川柳は、ちっぽけな領域ではなく、…
…サラ川も含めて、私どもの川柳文化を大きくする構成要素は、なんであれWelcome…
…その誇りに泥を塗らぬよう、作品のクオリティを高め、芸術として過去の繰り返しや他者の真似事、もっと言えば自らの成功体験の繰り返しをやめて、新しい川柳の領域開拓に乗り出す…
…かれらがやり残した表現を探し、…
…映像表現と川柳の言語表現を一体化する「フォト川柳」表現…
…人間を描いた十七音独立鑑賞の文芸性というアイデンティティを忘れてはいけない… (尾藤 一泉)
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