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同行二人 川柳は人間を詠む。人間とは何か。どこから来てどこへ行くのか。神宮に近い古市を今回はメーンに歩き、川柳に詠む。下記は、古市地図及び古市の歴史。地図の赤い道が古市参宮街道(古市古道)。外宮(げくう)から内宮(ないくう)に向かって歩く。
古市地図
 …江戸時代前期に茶立女・茶汲女と呼ばれる遊女をおいた茶屋が現れ、元禄(1688 – 1703年)頃には高級遊女も抱える大店もできはじめた。寛政6年(1794年)の大火で古市も被害を受けたものの、かえって妓楼の数は増え、最盛期の天明(1781 – 1789年)頃には妓楼70軒、遊女1000人、浄瑠璃小屋も数軒、というにぎやかさで、「伊勢参り 大神宮にもちょっと寄り」という川柳があるほどに活気に溢れていたという。(Wikipedia)

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伊勢(神宮)吟行‥古市参宮街道を歩く(予定)”にコメントをどうぞ

  1. たかこ on 2015年3月4日 at 7:52 AM :

    ニャン様

    すぐ近くまでいらしているのに、何のおもてなしもできずごめんなさい。
    伊勢の独特の「文化的な風」は私も好きです。川柳の世界に足を突っ込んだ頃よく伊勢に行きました。
    ちょっとうろ覚えですが「川崎」は行かれましたか?資料をひも解いて書き込みした方がいいのですが、いま編集の真っ最中、急に思い出したので…。
    江戸時代、名古屋方面からの材木やいろんなものが、船で運ばれてきた、その川の終点の地区だと思うのですが。

    歴史が残っています。

    蔵や昔ながらのたたずまいは、好きでした。
    いや、もうご存知ですね、きっと。ごめんなさい(汗)

    • たむら あきこ on 2015年3月4日 at 8:32 AM :

      たかこさま
      川崎、またそちらへも行ってみます。
      教えていただいてありがとう。何分老体(?)なもんで、若い頃とおなじようにはいかないのよね~。(-_-;)
      あまりいっぺんにあちらもこちらもと行き過ぎると、あと疲れをとるのに2、3日では済まなくなるし。
      1時間句を詠むだけでも、かなり疲れるのよね~、このごろ。
      でも、いまでなければもう時間もないのよね。

      というわけで、これから出かけます。ではまたニャ。*b(^^)/ヤルゾ:

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