
七尾。長谷川等伯の生誕地。等伯の国宝『松林図屏風(しょうりんずびょうぶ)』の松に似たような松はないかと、23日ホテルルートイン七尾駅東を朝食後すぐに出て、海の方に向かって歩いたのね。等伯を探しに。あとで気づいたのだが、JR七尾駅前の松は『松林図屏風』を意識して植えられているのだろう。
2018年12月、京都の智積院で等伯の画を見たのだが。実のところ、あまり感動はなかったのね。同様のことを、先日電話をいただいた知人も言っておられた。等伯について言えば、あきこも心には『松林図屏風』があるだけなのである。
息子・久蔵を失ったことはどれだけの悲しみを等伯にもたらしたことだろう。等伯の『楓図』とともに『桜図』をみごとに描きあげた久蔵は、父に勝るとも劣らない才気に溢れた人だったという。そんな愛息を失った、やりきれない思いが生んだ名品とも言われるのが『松林図屏風』なのだ。
霧の立ち込める空間にうっすらと浮かぶ松林。空気のしっとりとした肌ざわりさえ感じさせる。墨の濃淡と余白の美を追求したこの画には、愛息を失ったことへの消えることのない悲しみを感じる。美しい松林の姿には、等伯の慟哭が込められているかのようである。
等伯の故郷・能登半島の浜辺には、この画とよく似た風景が広がっているというが、わたしの歩いた範囲にはなかった。海からの風に耐えながら立つ松林。JR七尾駅前の松だけが、どうやら『松林図屏風』の松を模しているように思ったのである。独特の奥深さを秘めた画であると言える。
絵師である等伯にとって、どんなときにも自分を支え、思いをぶつけられる場所はやはり画の世界だったのだろう。川柳人にとっての支えが川柳であるように。『松林図屏風』は川柳なら心象句。下記は、あきこの句。どこか『松林図屏風』に通うところがないだろうか。
風すこし出てくるわたくしの疎林(そりん)
続きは次回
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