川柳という、文芸の隅っこ(?)の1ジャンルに限りない可能性がある。
このフィールドは、ここで羽ばたく者のために自由闊達な空間を用意してくれている。まず俳句のような季語がない。枠組みは575の定型だけ。それも、ぎりぎりのところでは破調が許される。
このフィールドは、にんげんの喜怒哀楽すべてを包み込む。日常のちょっとした喜怒哀楽ばかりではなく、ふかく哲学的な思索、問いかけなども構わない。
岸本水府が、インパクトがあることを求められるコピーライターであったことは知られている。川柳も、わずか1行であることが、より強いインパクトを持ち得ることに繋がっている。まさに闘う1行詩と言ってよい。
この1行詩がどれだけ相手のこころにふかく届くかということに賭けて、川柳作家は熱く言葉を研いでいると言ってよいだろう。
息をするように川柳を書きたいと思う。この短詩型文芸に、わたしというにんげんの生き様のすべてを盛りたいと思う。
575の心地よい定型は、日本人がからだのなかにもともと持っているリズム。そこに口語を嵌めることは、あるいは文語よりはるかにむずかしいかもしれない。そこに工夫があり、遣り甲斐もある。
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