心にしみた夕映えの思い出が二つある。一つは30年ほど前。ながく悩み躊躇した離婚のあとだったか。1(?)歳の息子を連れ、電車に揺られて行った加太(かだ)の海の真っ赤な夕日。これからずっと働いて子育てをしていかなければならない、という責任感で身の引き締まる思いがしていた。そこに些(いささ)かの暗澹たる気持ちもなかったわけではない。何はともあれ日々大きくなる息子に変化のある日常を与えようと、あちこち連れ歩いていた。
もう一つは、10年ほど前。看病をしていた父が病院で亡くなったあと。最後の支払いほか手続きを済ませて病院を出た。真っ直ぐ西向きに幅の広い道路があり、そこを自転車で日々往復していたのだが、その日は大きな夕日が殊(こと)に完熟の果物のように見えた。父の命日は3月23日。本日は月命日。(写真:加太湾)
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