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 母が逝って30年余り。没後、深い嘆きの中で高校の国語科教諭だった父が遺歌集『銀木犀』を編んだ。母も若い頃小・中学校で教職についていたが、病を得て退職。あと近隣に頼まれて自宅でごく安い月謝しか取らずに学習塾を開いていた。亡くなったのが60歳、さぞかし無念だったのではないだろうか。若い頃から短歌を嗜み、あまり外出を好まなかったので歌会に出席するわけでもなかったが、自身の歌が載った歌誌「風日」が届くのを家で心待ちにしていた。下記は、俳人であり歌人でもある知人が遺歌集から抄出してくださった20首。

昼の月・日や遠くなに語らひし紀ノ川の堤の草に染むおもひあり
いにし世をいまにおもひて佇めばあはれいつかに似し晝の月 
・つま先に雨にじませて入りし庵の熱き抹茶にぬくもりてゐる
・それぞれの枝の形に雪つもり一輪みゆる山茶花あかし
・今日もかもことばにならぬ雄叫びの汝が声響け晴るる冬空
・人と生れみなするさまに汝もする手ふり足ふり涙流して
・み墓べの草に落つく落つばき觸りがたきかもあまりに赤き
・病むきみに木犀(はな)まゐらせて罷りくれば堰とめあへず泪流るる
・音もなく秋のま晝の真日照れるいづくにや君が隠ろひましし
・昂ぶりし後の夜更けの魂しづめ音となりくる月ヶ瀬の雨

・蕾あまたつけしままなり苔生ひし梅根方より崩れ臥しつつ
・みな知らぬ人ばかりなり長谷寺へ参る衆生の親しさにゐて
・紀ノ川を越ゆればすなはち汝がゐる週にいく日のわが子守業
・ひたぶるに帰りつきたる庭の闇われをつつみて花にほふなり
・眠らせていただきますと合掌すひと日の果の寝床極樂
・衰へて終(や)ぬるなどとおもひゐるに食べさせろとや腹の虫鳴く
・よききざし必ずあらん枇杷の葉をあつれば肌に冷え冷えとして
・擦りたてのリンゴジュースの喉(のみど)垂るひと匙ひと匙あはれうましも
・すでにして思ひ煩ふこともなしけふは曇りてふかき冬ぞら
・風わたる野邊の夕ぐれかがやきてあれみよ高く雲雀さへづる
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