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なにわ橋(ライオン橋)

なにわ橋(ライオン橋)

 23日。いつも通り18時から瓦版校正会。(写真:地下鉄堺筋線・北浜で下車。なにわ橋を渡る)
7名。校正作業を終えて、京阪寝屋川市駅まで会長をお送りする。3月に骨折した足もずいぶんよくなって、階段もそろりそろりと降りることができる。まだ痛みがあるので、慌てて降りないようにそこは用心している。
 19日に亡くなられた尾藤三柳先生のことなどを京阪電車の車中にて話す。会長は現在「よみうり時事川柳」(大阪支社版)の選者。柏原幻四郎氏のあとを継いで平成19年(2007年)7月から1年9か月、東西で同じ欄の選者をされていたことになる。川柳マガジンではともに昨年(?)まで「時事川柳」柳壇を担当しておられた。川柳マガジン文学賞の選者も、尾藤先生が体調不良のために退かれたあと、会長が選者のお一人になっておられる。校正会に読売新聞の切り抜きを持ってこられ、頂戴した。以下は、尾藤先生の写真付きのその切り抜きから。
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よみうり川柳元選者
尾藤三柳さん死去
 川柳作家で本紙「よみうり時事川柳」(東京本社版)の選者を務めた尾藤三柳(びとう・さんりゅう=本名・源一=げんいち)さんが19日、肺水腫で死去した。87歳。告別式は26日午前11時、東京都墨田区京島3の16の5柏屋ハートホール。喪主は妻、優子さん。
 東京都出身。川柳人だった父尾藤三笠に影響され、川柳六巨頭の一人とされた前田雀郎に弟子入り。大学卒業後、新聞記者を経て、隔月刊誌「川柳公論」を主宰した。
 1988年12月に「よみうり時事川柳」の4代目の選者に就任し、2009年3月まで務めた。このほか第一生命「サラリーマン川柳」などの選者としても活躍した。
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 校正会では21日の鳥取の地震のことが話題に。余震が続いているので、心配なことである。地震はいつどこで起こるか分からないので、つねに備えねばならない。異常気象といい、地震といい、心配事が多くて明日が読めない。

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