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上野(恩賜)公園《彰義隊・戦死の墓》吟行50句(2017/5/15)
彰義隊3江戸の意地みせて散りゆく彰義隊
いまも記憶のなかに騒(ざわ)めく彰義隊
変わり目が彰義隊へと節を足す
その時のはるかに影が躍りだす
幕末の影絵のひとつ彰義隊
引き際へ諦めきれぬ摩擦音
節のいま彰義隊から照り返し
系譜の行き止まりに慶喜公蟄居(ちっきょ)
五月十五日江戸の影絵のまだ静か
彰義隊 戦死の墓2影を起こしてみれば顔顔 彰義隊
石に刻まれたのも答なのだろう
(あら)わせばいよいよ探されるきのう
山王台に二百六十余の御霊
きのうを捲(めく)れば浪士集め指示書
明治改元 葉隠(はがくれ)に距離おいてゆく
墓守の消えて落葉の溜まる墓
彰義隊 墓半生を墓守興郷(おきさと)の素足
墓守の言挙(ことあ)げはせぬこころざし
心情をたどれば影へ影湿る
いまは澄む裏も表も引きよせて
戦死の墓いまも答が見つからぬ
幕末へ追伸あるごとく微風
地中の墓碑起きてきのうが立ちあがる
戦死の墓かこむこの世の顔あまた
荼毘の地に問い返されているきのう
手も足も遠く焼かれているらしい
いまは風に紛れる済んだことにして
獄中にていささか声は出しておく
砦として葉隠 答守られる
唐銅(とうどう)の墓碑塔たましいの砦
脚色をゆるさぬ興郷の矜持(きょうじ)
石の影はいまも忠心なのだろう
由緒書き銅版碑まだ澄みきれず
陵王2隊士名いくつ立ち聞きされている
来て並ぶきみもまぎれて影になる
赦免された影も寄りくる山王台
戦死者の砦 二百六十六柱
陵王の差しだす朱色 血の色か
梵鐘が鳴ってきざはしのぼりつめ
有縁寺院の梵鐘刀傷に沁む
火葬場に影をかさねる 誹風忌
陵王鐘の一打ごとに御霊(みたま)に沁みてゆく
獄中寄せ書きへ生き残りのカーブ
半日のいくさへ続篇のながさ
野ざらしのむくろ集める木下闇
久良伎翁の貌 陵王の伎楽面
戦死の墓あたりに嗅いでいる煙
不忍池(しのばずのいけ)を拾っている暫時(ざんじ)
月の松から辨天堂を摑みだす
けふのなほ西郷隆盛像寡黙

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