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 俳句も川柳も、おなじ17音の短詩型文芸。季語や切れ字の有無だけでは、いまは区別がつかないといえるまで近くなってきている。風景を詠むと俳句、人間を詠むと川柳なのかといえば、人間(たとえば、笑い)を詠む俳句もあれば、風景を詠む川柳もあるという答えが返る。では、それぞれの文芸の本質とは何かということをのちに探ってみたいと思うのである。

 川柳はかねてより〈無名性の文芸〉と言われてきた。無名性、それは魅力でもあるが、川柳の短歌や俳句にくらべての一般社会での評価を考えると非常に心もとない。川柳句集の発行も盛んといえば盛んだが、その内容への他ジャンルからの反応はほとんどない。読者層もほぼ既存の川柳会に所属する人々に限定されてしまい、外部に広がっていくことはあまりないように思われる。作品を世に問うということがなければ仲間うちだけで披露しあっていることになり、世界が広がらないことは言うまでもない。

 わたしはいま、ライフワークとして『たむらあきこ吟行千句』の第4回目の推敲にかかっている。この推敲がうごかなくなったら、早ければ今年中にも出版社に原稿をあずけることになる。この句集もだが、売るとか売れるなどということは毫も考えていない。面白いとかタメになるとかいう種類の本でもない。一人の川柳人の仕事として残り、今後川柳をこころざすどなたかの参考にでもなればよいと考えているのである。

 すでに『たむらあきこ千句』を出版し、この句集はありがたいことにかなり評価をいただいている。『たむらあきこ吟行千句』の後も、『たむらあきこ十四字詩千句』(もしくは『たむらあきこ短句千句』)、残り時間があればさらに『たむらあきこ時事川柳千句』を故前田咲二師への恩返し(川柳瓦版の会の後継者として望んでいただいたのに、お応えできなかったお詫びでもある)として出版するつもりである。

 絶えまない努力とその結実としての作品が「(川柳の)文芸としての厚み」を形成してゆくと思うのである。他ジャンルの人が「川柳とは、どういう世界なのか?」と関心をもたれたとき、示せる質と量。これから川柳という文芸への評価を上げていくためには、川柳人一人一人のこころざしと努力が必要なのではないか。

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