⦅3395⦆(つづき)”日本列島の真ん中・能登半島”文華の粋を詠う in 七尾市「川柳の祭典」(いしかわ百万石文化祭2023)‥《ボクをボクにしたのはボクの七癖だ》
22日。朝食をとってホテルエコノ金沢駅前を出たのが7時過ぎ。7時40分発のJR七尾線・七尾行で七尾まで。各駅停車、約1時間半の旅。
2018年11月にも乗った七尾線、あのときの行程は、やはり大会の帰りで、和倉温泉に一泊(素泊まり)。和倉温泉の湯のよさを覚えている。下記は、そのときのブログから。
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⦅3394⦆”日本列島の真ん中・能登半島”文華の粋を詠う in 七尾市「川柳の祭典」(いしかわ百万石文化祭2023)‥《ボクをボクにしたのはボクの七癖だ》
21日。午前7時21分、近くのバス停から乗ってJR和歌山駅まで。和歌山駅↝大阪↝金沢↝七尾までジパングを使って切符(6,580、クレジットカード決済)を購入。和歌山駅7時41分発紀州路快速に乗車、金沢着は12時28分(だったか、ちょっと電車が遅れたのね)。(写真:金沢駅・鼓門)
少し早く着いてい...【続きを読む】
⦅3393⦆”長谷川等伯吟行”か、”鶴彬吟行”か
長谷川等伯の郷里は、22日に国文祭が開催される七尾なのね(昨日気づいた)。
等伯を次々と悲しみが襲う。よき理解者であった千利休が自刃。その悲しみの中で息子の久蔵までが、26歳という若さで亡くなってしまうのね。
その悲しみを背負って描いたと言われるのが、「松林図屏風」(東京国立博物館蔵...【続きを読む】
⦅3392⦆言霊と文芸
川柳は一行詩。詩とは文学の一形式。多くは韻文で一定の形式とリズムをもつが、例外もある。日本では明治になるまでは「詩」といえば漢詩を指したのね。文学の一形式として「詩」の語を使うようになったのは、『新体詩抄』などから。
たとえば川柳にも頻繁に用いられる隠喩・直喩・換喩などは、それがなければ別々だっ...【続きを読む】
⦅3391⦆名草川柳会(第5回勉強会)レクチャー
(^◇^) 名草川柳会(第5回勉強会)
2023/10/17(火)
(川柳マガジン10月号(2023)「句集燦々」より、『たむらあきこ吟行千句』書評。)
このいまをあがき切ったら過去になる
膨大な過去の伝わり方の上に生まれ、未来における今日を言葉で描く人物を「作家」という。たむらあきこ氏は「作家」...【続きを読む】
⦅3390⦆つづき‥(13日)文芸まつり審査会 &(14日)耐久生涯大学川柳専科レクチャー
(13日)文芸まつり審査会
文芸まつりの入選作を決める審査会。もう15年ほど関わっている。川柳部門は5名での審査だが、13日の出席者は(体調不良ほかの理由により)2名。あと3名には紙面で審査結果を送っていただいている。12月2日、文芸部の全部門合同で表彰式を開催予定。児童生徒の部(川柳)の講評はあき...【続きを読む】
⦅3389⦆(13日)文芸まつり審査会 &(14日)耐久生涯大学川柳専科レクチャー
さすがに疲れた、というか。12日は正午過ぎ?に伊勢市駅を発ったので、明るいうちに和歌山に戻ったのだが。13日の文芸まつり審査会、14日の耐久生涯大学川柳専科レクチャーと続いたのね。14日は、帰宅後すぐに寝込んでしまった。
この間、一つ嬉しかったことがある。13日、知人の河野さんからメールがあった...【続きを読む】
⦅3388⦆五十鈴川吟行(畏友四十日祭)20句‥《一本のローソクだった 燃え尽きる》 推敲中
五十鈴川吟行(畏友四十日祭)20句
うつらうつらする宇治橋の葱花形(そうかがた)
毀(こぼ)れかかるきのうを濯ぐ風のいろ
照り徹るご鎮座かぜの消えた町
くらやみになると神鏡光りだす
遠く近く逝ってしまったひとの声
まっすぐな焔(ほむら)をあげていたきみよ
一本のローソクだった 燃え尽きる
部屋の隅の...【続きを読む】
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