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二階を降りてどこへ行く身ぞ‥‥‥麻生路郎
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7時前。ブログを書こうと一時間ほど前に起床。川柳塔社発行の麻生路郎(あそう・じろう)読本に目を通す。
下記、麻生路郎の娘西村梨里さんの「父を想う」の一文。(昭和43・7「川柳塔」№458)
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父を想う
父が亡くなってまる三年の月日が流れた。日頃慌しい生活を送っている私にも、ようやく父がこの世を去った……今はもう父と話すことも出来なくなったのだと云うことが、頷けるようになった。
しみじみと父のことを思うとき、私は嫌でも父と共に過ごして来た日のことを、川柳と共に過ごして来た日のことを重苦しく思い出す。
凡そ譲歩すると云うことを知らなかった父は、ついに自分の思い通りの人生を生き抜いた。私が書こうとすることは、父の人格を或は傷つけるものかも知れないが、父の存命中には云いたくても云えなかったことを、一度は誰かに聞いてもらいたいと思う。
(中略)
父は非常に性格の激しい人で雑誌が刷り上がって来ても誤植を見つけると「あっ」とびっくりするような声を上げて「こんな誤植がわからんなんて……」くどくどと腹立ちを繰返すのだった。またちょっとした家族の者の落度に対しても、この上ぼろくそには云えないだろうと思うくらいに、人を叱るにしてもありったけの力を傾けて叱らねば気が済まないような父だったが、晩年はやや普通の人になっていて、時には私達の言を入れてくれることもあった。こうした性格なので父の許を離れて行った弟子もあると思う。何と云っても浄瑠璃語りが三味線を習ったり、芸者が踊りを習ったりするのと違って、趣味人を相手なのだからと私はいつも云うのだが、よくもこの父について来て下さったものだと多くの弟子の方々に只々感謝せずにはおれない。(続く)

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麻生路郎の川柳①‥作品と実像”にコメントをどうぞ

  1. りょーみさすけ on 2013年11月28日 at 9:47 AM :

    「氷が溶けると何になるか」という教師の質問に子どもたちのほとんどが「水になる」と答えた。しかし中にひとり「春になる」と答えた。教師は水と答えた子どもにはマル、春と答えた子どもにはバツとした。
    落語の師匠には、とんでもない人がおります。立川談志です。弟子に対して「弟子は馬鹿だ」といって憚らず、熱演の弟子の高座にずかずか上がっていっては、舞台を目茶目茶にして悠然とその場を去って行ったというエピソードは数知れず。師匠には色んな人がおるようでございますが、江戸落語で今、客をいちばん呼べる落語家は、談志の一番弟子・立川志の輔と言われている。教師や師匠の愛情とやらは何処に正解があるのやら・・・難しいものでございまして・・・。
    『二階を降りてどこへ行く身ぞ』 背中に少し哀愁を感じますね。
    ★シクシク★((((T-T*))))ウウウッ

    • あきこ on 2013年11月28日 at 10:42 AM :

      りょーみさすけさま
      娘二人の父として、娘にこういうふうに書かれたら、さすけおにーさまはどうかな。(笑)
      《二階を降りてどこへ行く身ぞ》。これは、大した句だと思います。
      いまの川柳塔にこれに匹敵する句があるかどうか。大家の川柳をときどきアップして、これからの川柳をみなさまとご一緒に考えるよすがとしたい。
      しかし、エライ人のご家族というのは大変ですねえ。

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