学習塾教師として、40年程小・中・高の生徒の勉強をみてきた。完全主義的なところがあり、学習塾の教師としては向いている。生徒の成績を上げることで評判を得ていた。仕事は好きであり、天職と思われた。理由の一つに、昼の時間が空くということがあった。勿論夕方以降の仕事の、準備に充てる時間は必要だが。空いた時間を自由に使えることが、この仕事の魅力でもあった。読書ほかエッセイを書くこと、短歌を詠むことなどに費やしてきたのが、これまでの人生と言ってもよい。いまは仕事はほんの少しに絞って、あと川柳のみ。
先細りの川柳界は、後に続く若い人を育てなければならない。教えることに厭きるほど時間を費やしてきたせいか、川柳を教えて欲しいという声もあるが、煩わしい思いが先に立つ。教室や会の後継を頼まれたこともあるが、承諾はしなかった。川柳についても、同様に何かを教えられる(伝えられる)かどうかを問われれば、聊かはできるような気もする。ただ時間がない。私(だけ)の川柳をまず展げていかなければならない。句作か指導かの選択を問われれば、いまはやはり句作となる。
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「言葉の効力」
薄暗い照明の下、寂れた椅子に座して戦いに暮れた日々を回想しながら、老人の一人語りが始まります。このときのクライマックスで言った言葉が、【年寄りになったから賢くなったんじゃありませんよ。用心深くなっただけです】である。これはヘミングウエイ「武器よさらば」の一節なのだが、この当たり前のようなフレーズも言うべき人が言い、また背景を加えると言葉が重くなります。アンパンマンが子どもたちに「悪いことをしては駄目なんだよ」といえば、普通の大人(人間)たちが言うよりもずっと子どもたちは、よく言うことを聞くように。
d(゜ο゜)o よくできました!
りょーみさすけさま
仕事の量を減らしたのは、人生の余白の時間を数えるようになったから。仕事を終えたら、あとはどれだけ好きなことをして人生を咲ききれるかですよね。
子育てと仕事だけで終わりたくなかった。で、父の介護と後しまつをほぼ終えてから大阪に出たわけです。平成17年かな。
《手も足も男の都合にはさせぬ》(森中惠美子)
いまの女性には当たり前のことが、当たり前ではなかった時代の尻尾辺りを生きてきたわけで。
いまは時間が宝物。
おはようございます(^^)
すみません、偉そうなことを言いますが、点数を取る為の勉強と文芸を教えることは少し違うような気がします(^^;)
点数を取る方は、答がキッチリ決まっていますが、文芸に答はないのではないかと思うのです。
才能があれば一年くらいで先生より上手くなる人がいますし、大会の選者の好みにもよるので、何が良いのかも明確ではないし………
自分の句を磨くのには一生かけても磨き尽くせないのではないかと思いますし………句会で掴んで頂くのが一番良いかなと思います(^^)
伊東志乃さま
はい。教えるというよりは伝える、です。(直しておきました)
入口で躓かないように、まず心を自由にする。一行詩を詠むときの大敵は自らを常識で縛ること。被りますが、いわゆる手垢の付いた言葉と発想。
いろいろあってみんなよい、ということでもないかと。
その辺りは、お会いしたときにでもまた作品を見ながら。
あきこさま おはようございます
《手も足も男の都合にはさせぬ》
森中恵美子さんのこの句に ずっしりと反省をしていました。男と限定はしませんが、諸事雑事をその都合で振り廻されているという言い訳で逃げてきていたなあ と。
いいなあと思う姿があれば、自然とそれに注目してしまいます。
いつの間にか観察をして、追っかけをしてしまいます。
いいと思えば自分からアプローチするんじゃないの?と思ったら、人間て案外人見知りで不器用なもんでなー と言われました。
でも まずは自分が何かを感じてもらえる良いものを作らないと。
すべてそこから なんですね。
さすけさま お言葉にグッときました。
当たり前のフレーズを言うべき人が言い、また背景を加えると言葉が重くなる。今日一日この言葉が頭の中をめぐりそうです。
竹内いそこさま
《手も足も男の都合にはさせぬ》
いいですよねー。でも、いまの若い人には82歳の森中惠美子先生の気持ちは分からないかも。男尊女卑、そういう時代が長かった。
一人で生きていくことを択んだのも、この句のような気持ちがあったからかも。
この先もし好きな人ができても、同居はしないでしょうね。(できるか~?と言われそう)
森中先生の句は、言葉を飾らない。太い骨格で真っすぐ心に入ってくる。女王ですねー。