心にしみた夕映えの思い出が二つある。一つは30年ほど前。ながく悩み躊躇した離婚のあとだったか。1(?)歳の息子を連れ、電車に揺られて行った加太(かだ)の海の真っ赤な夕日。これからずっと働いて子育てをしていかなければならない、という責任感で身の引き締まる思いがしていた。そこに些(いささ)かの暗澹たる気持ちもなかったわけではない。何はともあれ日々大きくなる息子に変化のある日常を与えようと、あちこち連れ歩いていた。
もう一つは、10年ほど前。看病をしていた父が病院で亡くなったあと。最後の支払いほか手続きを済ませて病院を出た。真っ直ぐ西向きに幅の広い道路があり、そこを自転車で日々往復していたのだが、その日は大きな夕日が殊(こと)に完熟の果物のように見えた。父の命日は3月23日。本日は月命日。(写真:加太湾)
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人生迷い苦しみの果てたどり着いた今の平穏・・・。そんな気がします。だから川柳も深い意味を持って生まれ出てくるのですね。
1年で夕陽の一番大きく見えるのが10月~11月かな。
観察すると落日の寸前がもっとも真っ赤で大きいです。ほんとにじって見ていても飽きません。(しかしあっという間に山に沈んでしまいます。)
加代さま
きのうのことのようでもあるのですが、もう遠い昔になってしまいました。
和歌山市の北にある加太湾は夕日が美しいことで知られています。
淡島神社の雛流しは全国的に有名。ネットで検索するといろいろ出てくると思います。
あきこ様
「心にしみた夕映えの思い出」読ませていただきながら、とても静かなこころになりました。あきこ様を見守っているのはお日さまなのですね。「ここまでよくがんばったね、さあ新しいスタートですよ」とあきこ様をまっすぐに見つめているお日さまの色が輝いてます。
私は夫が亡くなった日、病棟を包んだ白い大きなお月さまと阪神淡路大震災の夜のオレンジ色のお月さまを忘れることができません。
どちらも優しく包み込んでくれました。お月さまに見守られていると思って生きております。
田村ひろ子さま
>病棟を包んだ白い大きなお月さま
そんな月を私も知っています。
大切な方との永訣の時間を包んでくれていたのは、きっと神様なのでしょう。
夫がいない分、自分の時間を多くもつことができました。いまはこれも選択肢だったと考えています。ただ息子には、申し訳ないことでした。
あきこさま こんばんわ
みなさんのコメントを読んで、そういえば私の亡父のときもそうだったなあと思い出しました。真夜中、病院から家に連れて帰る時冷たく白い月が凍結した路面を照らしていました。月の満ち引きと生死は結びついているのだなあと感じていました。
思えば、夕陽も月も大きなピリオドなのですね。
竹内いそこさま
親の死ほど生死のこと、人生のことを考えさせてくれることはありません。いまだに引き摺っています。
あっという間の10年。昼間同級生と会ったんですが、お葬式の話で盛り上がりました。(笑)
立山連峰のことを調べ始めています。宗教的な意味合いの強い山だったのですね。いわゆる霊山。いかにも、という感じがします。