(16日、記す)
Oさんから、本日川柳マガジンクラブ大阪句会があるとのお知らせをいただき、支度をして、和歌山市駅12時発の特急サザンに乗車。瓦版の編集会がある日なので、昨日の大会の疲れもあり、午後遅くゆっくり出かける予定でいた。句会には半時間遅れての到着予定だったが、羽衣駅近くで先行電車が人身事故とのこと。高石駅にて停車。接続のバスもないようで、事故処理を待ってその場に。Oさんに、句会には事故処理が済み次第向かうということを、ケータイでお伝えする。
天下茶屋、地下鉄堺筋線で北浜まで。徒歩5分、公会堂まで。2Fの句会場に着いたのは句会も終わりかけの頃。句評を依頼されて、8句ばかり簡単に評させていただく。
ふうせんは自分の位置がわからない
この句のみを欠点がないとして評価。あとは句の欠点を少しずつ述べさせていただく。つい辛口になってしまうが、納得していただいたようで感謝。上記は、喜八郎氏の句とか。私の川柳集「2010年」に、
現在地どこかがいつもわからない
があるが、内容の似ている句。
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句会終了後、B1Fの「中之島倶楽部」にて6名、コーヒー。私はプリン。5時まで。6時からいつもどおり瓦版編集会。あとミュンヘンへ。京阪寝屋川駅まで会長を送ってから帰路につく。
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『歌を唄うということは、どこか川柳を詠うことに通じている』
演歌ばかりを唄っている人は、ポップスを唄っても、必ずコブシを効かせてしまい、浪曲をやっていた人が演歌を唄うと、やはり浪曲調の節回しになっている。(三波春夫・村田英夫が例)
川柳で言えば、長く番傘川柳をやっている人が、どんな場所で句を作っても番傘流が出てしまっている。こんなことで、「出てよい句会、出てはいけない句会」を指定している番傘の結社もあるようだ。
【余談-1】作詩盗作問題がでたとき、北島三郎は次のようなことを言った。「これだけ多くの歌詞があれば、類似したものが出てきても仕方ないだろう」。しかし類似・盗作はいけません!!!
【余談-2】使い古された単語を排除したがる悪い癖は、いい詞を見逃がしてしまうことにもなる。これらが、私が選者をやりたくない理由でもある。 (_ _(–;(_ _(–; pekopeko
りょーみさすけさま
川柳界もどんどん開けてきまして、私が川柳を始めてわずか十数年のあいだに、どの句会に行こうがそれをとやかく言う向きはほとんどなくなりました。
そんなことを言っていたら、あとに続く若い方がいなくなる。よい(と思う)句会にご自分の判断で行かれたらよいわけで。
ただ、一つ言えることはある。伝統的な川柳が詠めないのに、革新的な川柳を詠もうとするのはいかがなものかと。
伝統的な川柳の句会(番傘、川柳塔など)で句が抜けないからと、革新川柳に走る方がおられるとしたら、それは砂上楼閣を建てるに等しいと申し上げたい。
石部明氏にしても、どの句会でも抜けておられたらしいが、そういう川柳に飽き足りなくての(革新への)旗揚げだったと伺っている。
話がかたくなりましたので、この辺で。
類想句は、ある程度仕方ないですよ。人間なので、思いつくことがカブルのは仕方がない。盗作はいけません。
選者は、どんどん受けたほうがいいかも。選の良し悪しは選を受けるほうが決めてくれます。断らないようにねー。