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 来る日も来る日も海。そういう日常で、船上なにを考えるかというと。菅原道真公のことだった。御神牛(ごしんぎゅう)とは、天満宮に奉納され境内に祀られた臥牛像のこと。牛の像を置いている神社は全国各地にあるが、なかでも天満宮では菅原道真公が牛と縁が深かったことから神の使いとして信仰の対象となり、御神牛と呼ばれるのね。

 菅原道真と牛との関係については、その深い結びつきから御神牛が置かれるようになったのね。例えば、下記。

  1. 左遷により大宰府に赴く途中、牛の鳴き声で刺客から逃れることができた。
  2. 道真公の「遺骸を牛車にのせて人にひかせず、牛の赴くところにとどめよ」という遺言により、遺体は道真の住んでいた榎社から牛車で運ばれたが、四堂という場所で牛が動かなくなったため、その地を墓地として埋葬した。
  3. 延喜5年(905年)の乙丑8月19日、門弟である味酒安行は道真を埋葬した場所に神廟を建てた。それが安楽寺であり、のちの太宰府天満宮の本殿である。
  4. 「北野天神縁起絵巻」では牛車で道真公の亡骸を運び、牛がうずくまる横で埋葬するための穴を掘る場面が描かれている。御神牛の多くが臥牛像であるのはここからきている。
  5. のちに道真が神として祀られると、雷神であると同時に農業の守り神としても信仰されてきたが、農耕において牛は重要な働き手であることから、天満宮では神の使いとして信仰の対象となった。
  6. 天神様の正式な神号「天満大自在天神」の由来とされる仏教の守護神「大自在天」は白牛に乗っている。(写真:楼門右手前の御神牛(太宰府天満宮))


     わたしは、川柳という一行詩を日々書き続けているわけだが、この地球一周の旅にでて日々海を見ているうちに感じ取ったことがある。

 今回船にはおよそ2,000人が乗っているらしい。どういう気持ちで乗り、どういう気持ちで日々過ごしておられるのか、それを川柳講座で詠んでいただいた句に感じ取るのである。「そんなつもりはない」と言われるかたも多いだろう。しかし、どこか頭の隅で「さいごの旅」と位置付けておられるかたも少なくないと思った。下記は、6月3日の川柳講座(第5回)で提出された句。無意識のうちに、心情がでているのである。「クルーズ船で海に出る、これはあの世への一歩」だと。「旅に死す」、このことは日本人にとっても古来あこがれではなかったか。
 
独り言いって一人と気づく夜
霊柩車いつかわが身とひとりごと
船の上頬を流れる風涙
ひとり言増えた気がする船の旅
波のうえ いま船底は霊のまつり たむらあきこ
海という牛に曳かれてゆくあの世 たむらあきこ
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