鼓岡神社(崇徳上皇)吟行26句(2024/9/22)
上皇の前もうしろも降りしきる
網代車(あじろぐるま)に乗せられ遮れぬ視線
配流(はいる)の上皇へきざはし踏みしめる
四隅見渡して木ノ丸殿(このまるでん)さがす
影ふたつ擬古堂(ぎこどう)へ雨深くなる
擬古堂の裏に廻って影に遇う
待賢門院(たいけんもんいん)を思えば露しとど
ためらいの雨へ遺恨が流れない
どんぐりが転がる怨念のように
五部大乗経(ごぶのだいじょうきょう)を開けば白驟雨(はくしゅうう)
大雨となりゆくあれからの遺恨
舌を噛みきれば怨みが噴いてくる
捲れない怨み魔道(まどう)に回向(えこう)する
きのうの践祚(せんそ)がモノクロになってゆく
内裏泉(だいりせん)暗くよどんでいる怨み
内裏泉きのうの上皇を顕(た)たす
上皇の生涯 負ばかりを捲る
策謀のかなたを渡る白い鳥
鼓岡(つづみがおか)の雨 怨念は流すべし
雨が影ふたつを堂に貼りつける
どんぐりのごろりと足を捕りにくる
西行も踏んだか雨しとどのこの地
団栗のかたさは怨念のように
きのうを洗う驟雨 怨念消すように
木ノ丸殿に入れた手足が乾かない
うたびと上皇語れば上皇の微笑
崇徳天皇(すとくてんのう、旧字体:崇德天皇、1119年7月7日〈元永2年5月28日〉- 1164年9月14日〈長寛2年8月26日〉)は、日本の第75代天皇(在位: 1123年2月25日〈保安4年1月28日〉- 1142年1月5日〈永治元年12月7日〉)。諱は顕仁(あきひと)。
鳥羽天皇の第一皇子。母は中宮・藤原璋子(待賢門院)。譲位後は新院。その後、 平安時代末期の1156年(保元元年)に貴族の内部抗争である保元の乱で後白河天皇に敗れ、讃岐に配流後は讃岐院とも呼ばれた。日本三大怨霊の一人として知られる。(Wikipedia)
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